2014年7月18日金曜日

徒然の記 №32 市長退任とその後について


【宗教法人】

  宗教法人法が出来たのは、戦後のことだろうと思います。
つきつめて考えれば、宗教とは何か、という問題に行きつくのですが・・・
本来、宗教には法人格といったものは、不必要なのではないか。必要だったとすれば、根本的に改革する必要がある・・・ということが、前から感じていることでした。

  例えば昔は、大きなお寺には、お手次寺というものがあって、お寺のお手伝いをする、具体的には主人に仕える部下の関係だったようです。それが、宗教法人法が出来たとき、法人としては、お寺も、お手次寺も、全て宗教法人法上は、対等の関係になったわけです。本来はお寺と御手次は一体として宗教法人として認可されるべきものだったのではないでしょうか。

善光寺という大きなお寺でも、昔は一山という場合、多分一体的な運営だったようにおもいますが、宗教法人法が出来た為か、宿坊も全て独立して、個々に宗教法人法上のお寺になってしまいましたので、一山としての纏まりは、変わってきているように思います。社会の秩序としても、従来とは違ってきていることは事実だろうと思っています、

 例えば善光寺の宿坊には、いくつかの顔があります。善光寺如来に奉仕し、参拝者に善光寺如来さまの御徳を広める宗教者としての顔、そして宿坊というお客を泊めて収入を得る経済行為を行う顔、善光寺の発展につくす顔、これらを達成することが、大切なはずですが、矛盾なくこれらの顔を満足させるのは、なかなか難しい、世間の評価はどうなのでしょうか?・・・個々が自由且つ多様な世界を作っていくこと、それは必ずしも悪いことではないと思いますが、信仰という中心教義をもつ宗教の世界では、どんなものでしょうか・・・お寺はもともと個人のものではなく公のものですから、すべてのお寺は宗教法人のものであり、本来世襲ではないはずなのですが、実際は何代も継承しておられるのですから、世襲と同じことになっているということでしょう。

大きなお寺の敷地を、実質自分のものとして使って、固定資産税や相続税を払わないということも、平等性という点からは問題でしょう。お寺は個人のものではないと言わざるを得ないのです。さらにお寺の住職は、誰が、どうやって、きめるのか、全く曖昧です。

 善光寺・大本願のような大きなお寺(大本山)では、今になって、信徒総代や、一山、浄土宗、本山が、予算や決算といったプリミテイブな決めごとから、全体の規則をどうするか、話し合いがはじまりました。でも小さなお寺では経済のこともあり、世襲を脱するのは、なかなか難しいでしょうね・・・・

 最初に申し上げた通り、宗教法人は、法律にはなじまないのではないか・・私の持論です。法律通りに運用することは、今まで述べた通り、まず不可能であり、宗教法人法を改正するより仕方ないでしょうね。

 特に、公の財産であるお寺と個人財産、住職の決定方法等は、世襲問題とも絡んで、難しいでしょうね。宗教法人法の変更がないと、合理的にはならないですよ。でも一番危険な団体法であることも・・・・事実かも知れないと私は感じています。

 一番の問題だなあと私が感じているのは、宗教法人・公益法人・政治団体・NPOの区別は問わず、何らかの恩典を有している組織について、県・市の段階で、審査委員会を整備・充実し、目的通りに活動していない団体は、整理することが必要です。

    その認可権をきちんと委員会(国・県)が把握すること、

    認可の条件をはっきりさせること、

    一旦認可した組織でも、きちんと審査して、資格が無くなったものは、認可を剥奪する規定をはっきりすること。

 この③が重要です。日本では一旦獲得した資格は、宗教法人だけに限らず、失わないことが多すぎます。例えば、行政の問題で言えば、数千人の“市”が存在するなんてことも本来おかしいのではないでしょうか、町や村になればよいのでしょうし、企業も不渡り事件を起こしても倒産してないなんてこと、本来は許されないはずですが・・・弁護士資格も正しいことの弁護が当然としても・・・正義に反することでも弁護するというのは納得がいきません・・・もっとも何が正義かわからないということも、当然あるのでしょうが。

NPOの認可なども、比較的簡単にできるようですが、睡眠法人が多すぎるのではないでしょうか。

2014年7月11日金曜日

徒然の記 №31 市長退任とその後について


【公益法人】

  世の中に色々な団体がありますよね。長野県のPTA連合会の会長選びも、選出方法については、従来、長野市のPTA連合から選ばれることが(ただし市P連会長は県連会長を兼務出来ない規定)だったように記憶しています。即ち、私が会長に就任させていただいた時までは、県の連合会の会長は、長野市のPTA連合会の中から、私以外の方が選ばれるという不文律があったようです。私はこれではいけないのではないかと考え、強引に他の市町村PTAから、選出していただくようにしてきました。

確かに県Pの事務局は長野市にあるわけですから、会長も長野市から選出する方が、便利ではあったのでしょうが、今の時代にはそぐわないと考え、変えさせていただきました。以後、私はよく知りませんが、長野市以外らも選ばれて就任しておられるようです。

 そのほか、私の関係してきた公益法人は、社団法人信濃教育会出版部、財団法人長野県学校給食会などがあります。これらは私がつくったわけではなく、それぞれの時代の役目をはたす為に、再建のお手伝いをしたということであり、その後は、新しい方が選ばれ、経営されてきているはずです。

 事は大切です、誰でもよいというわけではないと思います。組織運営において、

    常に組織の目標を念頭に、

    社会的な常識と正しい姿勢、

    革新的発想を取り入れていく勇気、

    そしてあいつのいうことなら、しょうがないと、皆に思われる人が・・・

そんな人が選ばれることが必要だと思っています。

 公益法人の運用が、最近大きく変わったことは、皆さんご存じのことです。

私は法的な言葉の意味はよくわかりませんが、本当の意味での「公益が目的の法人」なのか、「一般の事業法人や企業と同じような目的を持った法人」なのか、かなり厳格に峻別されたように思います。
 即ち財団法人・社団法人は、従来、総称して、「公益法人」と言われていましたけれど、若干曖昧で、「一般事業法人」と区別がつかない部分があった、ということでしょう。
 公益法人と総称していても、一般事業を行うことが可能であるということで、別に違反ではないのですが、公益とは言いながら、若干曖昧な部分があった、ということでしょうか。
 公益法人という隠れ蓑を利用して、一般事業を行うことはゆるされない、それがいけないということで、峻別されたのでしょう。

 具体的に申し上げますと、前に「社団法人信濃教育会出版部」の経営をお手伝いしていたのですが、この法人の仕事は、学校相手の「教材の製作と販売」であり、私は公益事業と思っていました。
 しかしながら、県教委から、販売は一般事業であり、公益とは認定できないとされたことが、ありました。これには参りました。法人の事業の主な収益源が否定されたわけですから・・・よく考えてみれば、一般事業法人として、儲かったら法人税を払っていれば、どうということもなかったはずですが・・・
 結局、公益目的の社団法人と、利益を上げる会社とに分離して、別経営に造り直したことは、前にお話ししたことがありますが、かなり厄介な仕事でした。
 何となく公益法人の方が、格上という感覚から、「公益法人」になりたがる風潮がありますが、かなり不便な選択をしているという感じもあるように感じています。
 具体的には、前述の「社団法人信濃教育会出版部」や「社団法人長野県学校給食会」は、商売をやっているわけですから、無理に「公益法人」の資格を取ることは難しく、一般事業法人の方が合理的だと私は感じています。利益を上げたら税金を払えばよいのです。

  社団法人や財団法人のあり方が、従来は、企業が節税のために財団法人をつくるとか、企業は利益だけを追求するだけではいけない。社会的貢献が重要であるとする意見が重視されるようになり、利益だけを追求するのではなく、公益に資する事業をやろうという面がありましたが、法人所得税が高額なため、昔はどうしても税金との関係で、会社の経費になるかならないか、中小企業にとって大きな問題でした。
 これからの社会は、経済中心の「全て交換によって成り立っている社会」と考えるのは誤りで、“寄付”とか“贈与”といった手段が、社会運営の重要な要因になる(中谷巌さんの説)、とも言われておりますから、色々な考え方が必要なのだと感じています。

 一般の企業組織などとの一番の違いは、資金を公益のために使わなくてはならない、そしてこれら公益法人を解散する時は、県ないしは、類似団体に残余財産を寄付しなくてはならないということでしょう。法人あるいは個人としての所得税を免除されているのですから、“私”益は認められない・・・当然のことです。(ただ“公益とは何か”ということが、必ずしも明確ではないと思います。具体的には、例えば理事長の給与が、どのくらいまでならよいのか等という問題では、決まりは無くグレーですよね・・・。)

 自分の経営する企業とは別に「社団法人」・「財団法人」・「学校法人」といろいろ作ってきました。将来的には自分の会社の株式を、それらの法人に持たせて、節税対策を行おうと考えていたことは事実ですが、やはり不純な発想で良くないのではないかなあと言うのが反省です。

 任意団体では、法的行為は出来ないし責任が取れない、例えば青年会議所みたいな組織でも、昔は任意団体の扱いですから、電話を取得する場合でも、理事長の個人名でないと駄目と言った時代がありました。勿論、土地取得や行政との取り決めなども、法人格がないと“正式”には不可能でしたので、不便なことが多く、法人化は絶対に必要だったわけです。

当時、公益法人を、あまり認可したがらなかった県も、昭和40年代の半ばには、存在感が大きくなってきた長野青年会議所を、任意団体のままにしておくことは出来ないということで、社団法人化することを、国・県が認可しはじめたのですが、それは歴史の必然だったと思いますし、その後県内の各地青年会議所が社団法人化していきましたが、長野はその先駆けになったと思っています。

 私の伯母が、自分には子供がいないことから、「お前に財産分けをする。3億円あげるから取りに来い」と言われたとき、頂くのは有難いけれどそれでは私の所得になってしまい、贈与税がかかるので、3億円全部は使えなくて、減ってしまう。それではもったいないからということで、急遽、「財団法人」を作って、そこを受け皿にして、税金逃れをしました。
 でも、結局その財団の資産を、公益目的以外のことに勝手に使うことは許されませんから、税金逃れは、結局無駄な努力ですよね。
 先輩に頼まれて、アークスの中に、「学校法人」(平青学園)をつくり、教育の世界にも足を突っ込むことになってしまい、最終的には、その「学校法人」に財産を寄付して、財団は解散してしまいました。

 そう言えばこんなこともありました。

松代町のど真ん中に昔からの武家屋敷があって、お年寄りが一人で住んでおられ、亡くなられたのですが、縁者がおられず結局、国(多分大蔵省)のものになりました。そして国は長野市に買ってほしい・・・国は無償で取得したものだから、長野市に無償で下さいと申し入れしたのですが、叶わず、結局時価の半額で長野市は取得しました。競売された場合、誰が取得して、何にされるか、特に松代という歴史的な町の真ん中に、四角いビルを作られては、町並がくずれる・・・仕方なく国の意向にそって行政が取得しました。
 自ら願ったことだけではないのですが、周りの皆さんとの関係で、何となく仕事が増えてきてしまい、良かったかどうか、疑問はありますが・・・無駄な税金は払いたくないなあと感じて努力してきたことが、会社の将来に何らかのプラスがあったかどうかなのですが、どうだったのでしょうか・・・次の世代が、現在までなんとか維持してきていることですから、当面は今の体制で頑張っていくことが、大切なのだろうと考えています。でも専門学校はどうなっていくのか・・・わたしにはまだ先の目標が見えていないことは、事実です。

 私の父が48歳で死んだとき、何の準備もしてなくて、相続税で随分苦労したことが、私の社会へ出た時の第一歩でした。土地・建物や、処分出来ない自己株式等があっても、税金を払う現金はありませんでした。物納という手段もあったのですが、その物納財産は税務署が決めると言うような話で、こちらの都合では決められないということで、実質不可能でした。
 そのために相続税を延払いしながら、税金をいかに少なくするかが、私の「トラウマ」になってしまったこと、ある意味で不幸だったなあと感じています。
  ただ、「公益」ということについては、将来的には税法も変わるでしょうし、公益法人の財産の持ち方にも規制が加わってくるはずと思っていますので、株式を多く持たせるのは不安であろうとも思い、いろいろ考えると、「財団法人」は、「学校法人」に統合して、(学法)の経営基盤を強化し、学生に対する社会的責任を全うしよう、という息子の決断を了承しました。

 ひと頃は、作ったことがないのは、「宗教法人」だけだ、なんて慢心していたこともありましたが、「宗教法人」もどんな風に変わるかわかりません。優れた教祖が居て、崇高な教義があって、信ずる人達が居る。そういった法人は必要だとは思いますが、目的と行為がきちんと審査される体制が重要になるだろうと思いますし、オーム真理教のような例もありますから、「宗教法人」は、私たちの常識とは違う世界のことだろうと認識しています。 
 大きな事件に発展した、山梨県上九一色村のオーム真理教事件。私はずっと前から、企業城下町のことが気になっていました。宗教問題というより、企業社会のことで、小さな村に大きな企業が移転して従業員がその村に住民登録をしたら、どんな社会ができるのだろう・・・いわゆる企業城下町ですよね
 村長だろうが村会議員だろうが、結果として自由にえらぶことが可能になってしまったら・・・“小”といえども地方自治体の乗っ取りが可能ですよね。
 企業城下町とオームがどう違うかはわかりませんが、こんな危険な話は困りますよね。小さな市町村は、道州制で大きく縊ってしまうことが必要だと、真剣に考えたことがありました。人口減時代になって、地方の時代、地方自治が進めばすすむほど、地方自治の本分とは正反対の話しになりそうです。危険性をはらむ時代がくるのではないか、心配です。  

 いずれにしろ、従来は公益団体をつくるにあたっては、かなり面倒な手続きと時間が必要でしたが、現在は、民間や企業が「社会をよくするために行動する組織」を作ろうとする場合には、NPO(県知事認可)などの制度が整備され、かなりやりやすくなったと思っています。
 税金、寄付金、贈与、等については、今後の社会を動かしていく重要な要素であり、また社会には必要なものです。政治や行政、企業が深くかかわっていることも事実でしょうが、

大切なことは、①志を大切にすること、②金の始末をきちんとすること、③組織は“公のもの”であり、自分のものではないことを常に自覚しておくこと。この三つが大切だと思っています。この三つを自覚していれば、身を誤ることは無いと思います。

2014年7月7日月曜日

徒然の記 №30 市長退任とその後について


【宗教法人や政治団体の組織について】

  私の務めさせていただいている役職の中に、宗教関係のものがいくつかあります。でも私にとっては、一番、遠い存在であり、あまりお手伝いできることではないなあ、といつも感じているのですが・・・ただ歴史は昔から好きですから、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教、そして仏教等について、特に世界の宗教の歴史については、興味がありますが、個人の信仰心については、あまり信心深いほうであるとは思っていません。

ただ仏教については、家が昔からお寺の檀家であったことから、仏教を信じることが当たり前でして、そのことにあまり疑念を感じてはいません。従って信仰心もそれほど厚いとは思っていませんで、どちらかというと、寺の護持に務めることが我が家の義務と考え、お金集めを含め、お手伝いをしてきたということでしょう。

 南無阿弥陀仏の“南無”という言葉は、理屈を言わず全てを貴方にささげます・信じますということだそうです。即ち「阿弥陀仏」に全てを捧げます、南無妙法蓮華経とは「妙法蓮華経」に全てを捧げます・・・そんな意味だと、昔聞いたことがあります。私みたいに理屈ばかり言っている者は、“信仰心”が足りないということなのでしょうか。

  先日、私が責任役員を務めている本願寺長野別院のご輪番が交代され、そのご挨拶にお見えになったとき、いろいろお話しさせていただきました。

長野別院の責任役員だった私の父が、亡くなったのは、昭和37年12月25日、48歳の時でした。息子の私は、大学4年生、まだ学生服を着ていました。

亡くなった後、新年になって松が取れてから父の葬式を行い、終わってしばらくしたら、別院から呼び出しがあり、出かけて行きましたら、大勢の方が講堂に集まっておられ、会議中でした。

正面で下りむきに構えておられた、羽織袴の立派なお年寄り(後でわかったのですが、お寺の参与・倉石十七郎氏)が座っておられ、議長役のように感じました。私は、遅刻したわけではないのに、なぜ会議が既に行われているのは、どうしてなのかなあと思いながら、会場の後ろの隅にそっと座りました。

倉石さんが「そこへ来たのは、鷲澤君だね。こちらへ来なさい」と御自分の横の席を指されました。何もわからない私は、言われるままに席についたのですが、倉石さんから「今ここで相談した結果、貴方をこのお寺の大総代にすることに決まった。あとはうまくやりなさい」・・・何の説明もないまま、何も分からず・・・私の参与・責任役員の就任が決まってしまい、以来、すでに50年間以上、務めさせていただいているわけです。途中、任期もあるはずなのでしょうが、なんの相談もなく、惰性で続いてしまったのでしょうか。

別院の檀家は1,000件以上あり、かなり、大きなお寺だと思いますから、立派なお檀家も沢山おられますので、何度か大総代を変わってほしいと、いろいろな方に申し上げたのですが・・・いまだに実現していません。お寺がもし停滞しているとすれば、それも原因の一つかもしれません。
 
(話は違いますが、七年に一度の善光寺御開帳の折、松代から回向柱が奉納されるしきたりになっていますが、その「回向柱を奉納する奉賛会」を立ち上げるときの会長人事の話しですが、何の根回しもなく、御開帳終了後、打ち上げ会が行われ、その宴会の席上、会長が、突然、次の会長を指名してきまるのだそうでして、私が就任したお寺の大総代の話と同じだなあと思いました。回向柱の場合は、お金集めが大切な仕事で、中心人物として、皆の信頼が集められる人かどうかについて、時の会長の判断が求められる場面なのだろうと思います。あの人のいうことならしょうがないと思える方が歴代、指名されてきたわけで、長い歴史をもつ組織は、結局人によって成り立っているということでしょう)

 私の場合は、世襲制でよいということだったのでしょうが、果たしてそれでよかったかどうか、個人的には疑問を感じているところです。世襲制の是非については、組織の活性化を含めて、考えないといけない時期になっていると感じています。

 ただ、時代は変わってきていますよね。何事もオープンに、説明責任を果たさなくてはならない時代だと言われていますが、何事も公募することが大切という風潮には、疑問を感じますが、前例重視というのも、どんなものでしょうか・・・、何事も、場合によるなあと感じているのは私だけでは無さそうです。

お寺が、あるいは宗教団体が、停滞しているのかどうか、議論のわかれるところではありますが、長い歴史・慣習等との関係で、それを維持してきているということも大切だろうとは思いますが・・・どんなものでしょうか、未だにわからないことの一つです・・・

  そのほか一番問題があるのは、公益法人ではありませんが、政治団体でしょう。

政治団体については、いろいろ問題があるように感じています。

  選挙と金の問題は、根が深いですよね。「東京都知事選」での猪瀬さんや、みんなの党の渡辺代表の借金問題、法的にはよくわかりませんが、桁違いの大きなお金が動いていること、お金をもらうことと借金することがどうちがうのか、資金管理がきちんと出来ていたのか・・・個人のお金か、選挙資金か、また選挙資金か政治活動資金か・・・お金に色はついていないのですから、わけのわからない話しですよね。

 法的な問題はさておき、道義上はどう考えても“おかしい”と・・・というより説明がつかない、個人がなんであんなお金が必要なのか・・・と言うのが、皆さん感じていることでしょう。