前回までは、サブプライムローン問題について、私が感じている
ことを書かせていただきました。今回は、少し視点を変えて、日本
国内で起きていることについて書かせていただきたいと思います。
日本経済新聞によりますと、公募地方債を発行する地方自治体の
間で、格付け会社に依頼して格付けを取得する動きが加速している、
とのことです。平成18年の横浜市を皮切りに、すでに14都県市
が格付けを取得したと公表しているとのことであり、ある市場関係
者は「本年度は10以上の自治体が新たに格付けを取りそうだ」と
話しているそうです(地方債とは、地方自治体が公共施設の整備や
拡充などに必要な資金を借りるために発行する債券です。指定金融
機関などから個別に資金を借り入れる地方債を「縁故地方債」、不
特定の方を対象として募集する地方債を「公募地方債」と呼びま
す)。
どうしてこのような動きが出ているのか、私にはよく理解できま
せん。
確かに、一昨年の8月に総務省では、「地方自治体が公募地方債
を発行するに当たり、利率などの条件の決定に国がかかわって統一
的に行う従前の方式を廃止して、各自治体が個別に発行条件の決定
を行う方式に移行する」という趣旨の方針を出しました。
これにより、市場において「安全確実な自治体である」という評
価や信認を得ることができれば、発行する地方債の金利を低く抑え
ることでき、円滑にしかも低コストで資金の借り入れができるよう
になる、という思惑が働くことは当然と言えるのかもしれません
(でも、格付け料という新たなコストが掛かるはずです。中小企業
が、金融機関から資金融資を受けようとすると「信用保証協会」の
保証を求められることが多く、その場合、保証料が必要になります。
このことは、中小企業の世界の常識です。格付け料は、この保証料
と同じ感覚なのかもしれません)。
しかし、地方自治体が発行する地方債は、国の地方債制度の中で
安全性が確保される仕組みになっています。先月のメルマガでもご
説明したように、自治体の実質公債費比率に応じて地方債の発行が
制限されていますし、万一、自治体が財政再建団体になってしまっ
た場合でも、確実に元利金を支払えるように国が関与することにな
っています・・・言い換えれば国が保証していると解釈できるわけ
です(北海道夕張市の問題は、市が国の指導を無視し、やってはい
けないことをしたものと私は考えています)。
加えて、総務省では、「自治体の信用力に差はない」という姿勢
を崩していないとのことですから・・・別に格付けを取得する必要
はないとも言えるのです(昨年度からはやめましたが、平成15年
度から4年間、長野市でも市民債を発行し、市民の皆さんにも購入
していただきました。この市民債も地方債制度の中で同意(許可)
が得られたからこそ発行できたのです。決して長野市の勝手な判断
で市民債を発行して資金を借りたわけではありません。市では、借
り入れ先を市民、銀行のどちらにするかを判断し、市民から借りる
ということを選択しただけなのです)。
国から、「今後は地方へ資金をまわすことはできない。地方債に
も関与することができないから独自に資金調達しなさい」という方
針が示されているのであれば、自治体独自の判断で、地方債を発行
することは必要でしょう。でも、国ではまだ、そのような方針を示
していないのです。
ただし、近年、国の地方債に関する考え方は、国などが用意した
公的資金ではなく、金融機関や住民公募などの民間資金を調達する
割合を高める方向に変化してきています。この傾向が今後さらに強
くなると、例えば、自治体独自の政策として、大きな資金を投入し
ていかなくてはならない事業がある場合などは、自ら資金を調達す
る必要性が出てきます。そうなれば、円滑に資金を調達するために、
長野市債も格付けを取得する必要が出てくるかもしれません(ただ、
本来の格付けは、依頼して格付けしてもらうのではなく、格付け会
社が独自に、または投資者自らが長野市の財政状況などを調べてす
ることだと思います)。
しかし、現段階では、長野市の能力・体力・企画力・人材ともに、
これに十分に対応できるようにはなってはいません。国では地方自
治を唱えてはいますが、残念ながら、国の決めた大枠の中で動くこ
としかできないと言わざるを得ませんし、今のところは銀行に縁故
地方債として資金を貸してくださいと言えば、貸してもらえるので
す。金利は、交渉力で低く設定してもらえばよいでしょう。
いずれ、総務省の監督下を脱して、独自の政策を競い合う時代が
来るだろう・・・とは思っていますが、現時点では長野市債の格付
けをしてもらう必要はない、というのが私の見解です。
格付けというもっともらしい評価に頼って、お金を「おもちゃ」
にしてはいけない、サブプライムローン問題を教訓に、もっとお金
を大切に考えなくてはいけないと感じています。
話は変わりますが、東京都が1,000億円を出資して設立した
新銀行東京が、債務超過になりそうだということで、東京都が
400億円の追加出資をする事態になりました。このことは、今年
3月の都議会で大きな問題となり、新聞報道でも賛否両論があって
にぎやかでした。
石原都知事によってこの新銀行の構想が発表された当時は、バブ
ル崩壊の余波がまだあり、そして、金融機関が企業への融資に関す
る定義を変えて、実質的に“貸しはがし”(※)の状況が続いてい
た時期でした。私は、この構想が金融界に一石を投じる素晴らしい
施策だと感じ、「さすが」と思いひそかに拍手を送っていました。
その反面、このような施策は財政力豊かな東京都だからこそできる
ことであり、大変うらやましく思ったものです。
ただ、意気込みは勇ましかったのですが、構想を実現していく手
段があまりにもお粗末だったと言わざるを得ない、構想を実現する
ための基本設計やシミュレーションが確立していなかったのではな
いかと思うのです。銀行の頭取や役員、従業員がどのような方々で
構成されていたのか知っているわけではないのですが、報道により
伝わってくる話では、形式だけを踏んでいて、適切な経営見通しが
なかったのではないかと思えてなりません。
東京都が新銀行の資本として出資した1,000億円という金額
は、確かに大きな金額です。しかし、この金額だけを運用して(貸
して)収益を上げようとしても、たいしたことはできないだろう、
ということぐらいは、銀行経営の素人である私でも分かります。当
然、預金を集めたり、借り入れなどにより資金量を増やしたりして、
運用資金を大きくし、資金需要に備えなくてはならないわけで、コ
ストが掛かります。
さらに、銀行ともなれば、頭取以下の役員報酬や従業員の給料も
それなりに高く、本支店などが入居する建物も立派で賃借料も随分
高く、店舗もかなりの数があったようです。
しかも、営業相手は、一般の銀行から貸し渋りや貸しはがしにあ
うなど、資金調達に苦しんでいる中小企業とすれば、当然貸し倒れ
損失も見積もっておかなくてはならない・・・。
どのくらいの資金量で、どのくらいのお客を獲得して、どのくら
いの融資を予定して、どのくらいの利益を上げるのか・・・そうい
ったシミュレーションができていたのでしょうか?できていたとし
ても、結果としては机上の空論だったというよりほかないのでしょ
う。
もっと大事なことは、銀行ができてしばらくたてば、「これは駄
目だ!」と分かったはずです。そのとき、失敗を認めて「やめる」
という決断がなぜできなかったのか・・・経営者としての判断力が
疑問です。そして、このたびの400億円の追加出資についても、
都議会での議決を経たことであり、当然、相応の効果を見込んでの
ことだとは思いますが、きちんとしたシミュレーションがない限り
“焼け石に水”なのではないかと、私には思えてしまうのです。
結果論ではありますが、せっかく1,000億円ものお金を使う
のであれば、かつて国が大銀行に実施した施策、すなわち「資本注
入」のように、東京都が都内の中小金融機関の資本を強化して、資
金調達に苦しんでいる中小企業にも融資できるようにするという使
い方もあったと思います。あるいは、これもバブル崩壊の時に国が
行った施策ですが、信用保証協会に出資して、協会の保証能力を拡
大することを通じて中小企業の信用力を強化し、金融機関からの円
滑な資金調達を促すという方法も考えられたはずです。これらの方
が、はるかに効果があったと私は思うのですが、いかがなものでし
ょうか。
本来、この問題について私は発言する立場にはないとは思ったの
ですが、結局、これもお金を「おもちゃ」にした“つけ”かもしれ
ないと感じ、私の思いとして書かせていただきました。
(※)貸しはがしとは、資金融資を受けた企業などが従来どおり取
引をしているにもかかわらず、回収に不安があるなど、融資し
た金融機関側の理由により、融資した資金の一括返済を迫るこ
とを言います。このようなことが起きたのは、バブル崩壊後の
金融再生策の一環として、不良債権処理に対する金融庁の基準
が大幅に変わったことに起因していたと記憶しています。