2006年12月7日木曜日

映画の話題


 大林宣彦監督の映画「転校生」のリメーク版のロケが長野市内で
行われました。大林監督は日本を代表する映画監督であることは、
皆さんご存じだと思いますが、その大林監督の出世作が、監督の故
郷・尾道を舞台にした尾道三部作と言われています。そのなかでも
やはり一番有名なのが「転校生」ではないでしょうか。
 監督が長野を訪れ、素晴らしい長野の風景に触れ、ぜひ映画を撮
りたい、転校生をリメークしようと決め、先日来、長野市内でロケ
が行われていましたが、11月一杯で終了、来年夏の封切りになる
ようです。素晴らしい映画が出来ることを期待しましょう。
 なお、報道によると大林監督は、さらに次の作品も長野を舞台に
考えておられるようで、ありがたいことです。

 12月2日、映画「硫黄島からの手紙」の試写会にご招待いただ
き、妻と二人で鑑賞しました。会場は先日オープンした権堂の長野
グランドシネマズ、昔の映画館と違って、階段状の座席は、いすも
ゆったりとでき、前の人の頭が邪魔にならないとても快適な環境で
した。上映前に主役の渡辺謙さんのあいさつ、そして栗林中将のご
遺族から渡辺さんへ花束贈呈があって厳粛な気持ちになりました。

 映画の内容は、日本軍硫黄島守備隊の総指揮官を務めた松代出身
の栗林中将を、そして日本人の誇りを描いたものと感じていますが、
大変重いものでした。私などが論評すべきものではありませんが、
ただ戦争の残虐さは、見終わっていろいろ考えさせられました。一
つ言えることは、クリント・イーストウッド監督はこの映画を日本
批判するために作ったのではない、大変公平な映画だったという印
象を持ったことです。

 私的な話で恐縮ですが、私が子供のころ父から聞いた話を思い出
しました。
 私の父は戦争中、トラック島へ出征していたのですが、その戦地
へ赴く輸送船が硫黄島のそばを通過したとき「この辺に居させてく
れればいいのに!」と船内で話していたことがあるそうです。そし
てその後、輸送船はアメリカ軍の飛行機に爆撃され沈没、海へ飛び
込んで泳いでいるうちに、日本の駆逐艦に拾われてトラック島へ行
ったのだそうです(母に聞いた話ですが、そのとき父はサーベルを
失くしてしまい、家に送って欲しいと連絡してきたそうで、そうい
えば白い袋に入ったサーベルを見たような記憶があります)。
 その後、物資もあまりないトラック島で戦争をし、島を守ってい
ましたが、終戦間際、アメリカの艦隊が大挙して向かっているとの
情報を受け、全員塹壕(ざんごう)に入り、敵を待ち受けたそうで
す。父は病院勤務だったそうですが、負傷兵にも全て自決用の手り
ゅう弾を渡されたとのことです。今回の映画を見て、その意味、様
相がようやく理解できました。

 結果は、アメリカ艦隊が戦力のほとんど残っていないトラック島
を無視して、沖合いを通過、サイパン方面へ向かったので、父たち
は命拾いをしたとのことです。
 運命ですね、歯車がひとつ違っていたら、父は生きては帰れなか
った、そうすれば今の私の人生も全く違っていただろう・・・。そ
んなことを想っていました。

 二十年ぐらい前のことですが、私は九州・鹿児島県の知覧(ちら
ん)町へ行ったことがあります。知覧は日本の神風特別攻撃隊の出
撃基地だったことは、皆さんご存じだと思います。私は知覧特攻平
和会館を見学し、出撃した若い飛行士の遺書を読ませていただいた
とき、涙が止まりませんでした。
 なぜ彼らが死ななくてはならなかったのか・・・遺書の日付はほ
とんど終戦の年の昭和20年5月以降だったと記憶しています。硫
黄島の戦いは同じ20年の2月に始まったそうですから、特攻隊が
飛び立ったのはその後でしょう。そして8月に終戦です。

 5月以降ならほとんどの軍幹部は、日本の敗戦は分かっていたの
ではないでしょうか。若い、そして飛行士に選ばれるくらいですか
ら、優秀な若者でしょう、彼らを死に追いやった軍部の非情さ、時
代の流れを全く分かっていない無能さ・・・私は心の底から怒りを
感じました。戦後復興の礎となったと言われる彼らの尊い犠牲を否
定するつもりはありませんが、大局的に見ればどれくらいの効果が
あったのでしょうか・・・彼等が生きて、戦後日本の再建に力を尽
くしてくれたら・・・きっと素晴らしい活躍をしてくれたと思うの
は、私だけではないでしょう。

 映画でも大本営からの情報が入って、援軍は行かない、ベストを
尽くせ・・・硬直した日本軍の上層部の判断、命令、言い換えれば
大局を見失った軍政治家の無能さが、栗林中将以下の、そして神風
特別攻撃隊の犠牲を、強いる結果になったのだと思います。

 映画試写会の翌日、12月3日、ビッグハットで行われたNHK
杯国際フィギュアスケート競技大会のエキシビションにご招待いた
だきました。全ての種目の優勝者、2位、3位の選手が一堂に会し、
競技とは違う自由な演技を披露してくれました。しかも男子シング
ル、女子シングルの両種目で、1位から3位までを日本選手が独占
するというNHK杯史上初めての快挙のおまけ付きでした。
 素晴らしい夢のような一時を過ごさせていただきました。
 前日の重い気持ち、考えさせられる試写会を見た後でしたので、
改めて平和のありがたさを実感しました。