2008年1月31日木曜日

長野かがやき国体が開催!


 本年の第63回国民体育大会冬季大会「長野かがやき国体」は、
開催に至るまで紆余(うよ)曲折がありましたが、ぎりぎりのタイ
ミングで、3競技そろって、長野県で開催されることが決まりまし
た。決まってからの期間が短かったこともあって、県民の皆さんへ
の周知が十分ではなかったことは事実ですが、長野県、そして開催
地である軽井沢町・野沢温泉村・長野市の三市町村は、一生懸命頑
張って、準備をしてきました。

 そんな中で、皇太子殿下ご夫妻が「長野かがやき国体」にお出で
いただけるというのは、ビッグニュースでした。お二人でお出でに
なることは、長野市民にとって大変名誉なことであり、本当にうれ
しいことでした。特に妃殿下がお出でになられたこと、市民みんな
が期待していたことです。25日午後、新幹線で長野駅にお着きに
なり車に乗り換えられる際は、大勢の市民が集まって、手を振り、
歓声を上げて、大歓迎でした。私も県知事、県議会議長、県警本部
長、市議会議長、そして駅長さん方とお出迎えさせていただきまし
た。寒い中、殿下のベージュ色のコートと妃殿下の白いコートが大
変印象的であり、にこやかな、そして気品のあるお姿を拝し、大変
うれしく思いました。

 翌26日、開会式は、皇太子・同妃両殿下をお迎えし、県民文化
会館で行われました。
 開式前のアトラクションでは、乗鞍アルプホルン愛好会、信濃の
国踊り「紫季舞(しきぶ)」、長野市立裾花小学校ポプラマーチン
グバンドの皆さんが出演してくださいました。それぞれ大変素晴ら
しい、そして印象深い熱演でした。

 役員・選手団の入場は、各都道府県で旗手を含めて5名以内に制
限されていたようですが、皆さん元気に、長野商業高校の生徒たち
が持つプラカードに先導されて行進し、国体ムードが盛り上がりま
した。

 村井県知事の開会宣言、国旗儀礼、森第63回国民体育大会会長
(日本体育協会会長で元首相)のあいさつ、服部県議会議長のあい
さつ、そして私は開催地市町村長を代表して、歓迎のあいさつをさ
せていただきました。
 皇太子殿下のお言葉は「この長野かがやき国体が、多くの皆さん
に感動を与え、いつまでも心に残る素晴らしい大会となることを願
います」という内容でした。
 力強く選手宣誓したのは、スピードスケート成年女子に出場する
加治木彩選手(長野市の八幡屋磯五郎所属)でした。

 以下は、地元市長として私の歓迎のあいさつ全文です。

 皇太子殿下、皇太子妃殿下のご臨席を仰ぎ、第63回国民体育大
会冬季大会が、ここ長野市、そして軽井沢町、野沢温泉村を会場と
して、盛大に開催されますことは、誠に光栄であり、三市町村を代
表して、全国各地よりご参加いただいた多くの選手ならびに役員の
皆さまを心から歓迎申し上げます。

 三市町村にとりましては、1998年に開催されました、愛と感
動の長野オリンピックから10周年を迎える節目の年に本大会を開
催できることは、大変喜ばしいことであります。

 本大会においては、厳しい練習を重ねられた全国の精鋭の皆さま
による、エキサイティングなレースや、華麗な演技、そして激しい
得点争いが繰り広げられることが期待されます。

 競技会場となります、長野市のエムウェーブとビッグハット、軽
井沢町の風越公園アリーナ、野沢温泉村のオリンピックスポーツパ
ークは、いずれもオリンピックで数々の感動を世界中に発信した場
所であります。

 このような会場で選手の皆さまには、日ごろの練習の成果を十分
に発揮され、大会スローガン「輝いて 雪と氷の 華となれ!」のご
とく、夢の舞台で大いに輝き「華」となることを願っております。

 また、競技のあとには、それぞれのまちの魅力にも触れてみてく
ださい。長野市は国宝善光寺の門前町として古くから全国の皆さま
に親しまれておりますし、軽井沢町は雄大な浅間山のふもとに位置
し、古くから国際的な保健休養地として知られています。そして、
野沢温泉村は歴史あるスキー場と豊富にわき出る温泉が魅力のスキ
ーの村です。

 どこのまちでもオリンピックで培った、ホスピタリティーあふれ
るおもてなしの心で、地域住民は迎えてくれるはずです。長野の思
い出をたくさん、ふるさとに持ち帰っていただきたいと思います。

 最後になりますが、開催に当たりご尽力いただきました関係の皆
さまに心から敬意と感謝の意を表しますとともに、選手の皆さまに
はさらなる飛躍をご祈念申し上げ、歓迎のことばといたします。

以上が、かがやき国体の開会式の模様です。

 午後は、長野市のビッグハットで、成年女子のフィギュアスケー
トのショートプログラムを観戦させていただきました。皇太子殿下
も貴賓席から、橋本日本スケート連盟会長の説明をお受けになりな
がら、応援されました。そして午後3時過ぎ、長野駅から新幹線で
お帰りになりました。
 ご夫妻には、素晴らしい印象を長野市民に残していただきました。
ありがとうございました。

 長野かがやき国体の日程は、
1月26日~1月29日 フィギュア(会場はビッグハット)
1月29日~1月30日 ショートトラック(会場はビッグハット)
1月27日~1月30日 スピードスケート(会場はエムウェーブ)
1月28日~2月1日 アイスホッケー
   (会場は軽井沢町 風越公園アリーナ)
2月19日~2月22日 スキー
   (会場は野沢温泉村 野沢温泉スキー場)
既に終了した日程もありますが、皆さん、応援していただければと
思います。

 30日には、スケート競技会が終了しました。スケート競技会で
の長野県勢は、皇后杯得点(女子総合)が第1位、天皇杯得点(男
女総合)が第2位と活躍されました。たくさんの感動をいただいた
選手の皆さんに感謝します。

 さて、今年の冬季国体は、財政事情が厳しい折なので、コスト削
減のために、いろいろな新機軸・工夫がなされています。
(1)種目はスキー、スケート、アイスホッケーですが、最近は一
 つの県での開催は少なく、ばらばらの開催が多かったのですが、
 今回は長野県が思い切って三種目一緒に開催を引き受けたもので
 す。
(2)開会式を三種目合同で行うことで、雰囲気の盛り上げ、冬季
 国体の一体感の醸成、そして全体コストの大幅削減ができました。
(3)過去の冬季国体で、競技役員・運営役員に配っていたコート
 類を倹約しました。
(4)企業スポンサー、言い換えると広告を大幅に取り入れました。

 ほかにもあるかもしれませんが、これらの工夫によって、長野県
が使った費用は、前回の国体費用の半分ぐらいで済むようです。
 若干国体のムードが変わったという意見も出そうですが・・・私
は良かったと思っています。無駄を排し、華美にならず、簡素な形
で国体を行うことが、長く国体を続けていく上で大切なことと感じ
ました。

2008年1月24日木曜日

北陸新幹線長沼地区設計協議調印


 1月19日、北陸新幹線長沼地区設計協議と単価確認書の調印式
が行われました。長沼地区の対策委員会の皆さんには、日ごろから
市行政、特に新幹線事業につきましては大変お世話になりました。
 この日、私も自ら署名しまして、長沼地区北陸新幹線対策委員会、
鉄道・運輸機構北陸新幹線建設局、長野県、長野市の四者間で確認
書の交換が終了し、設計協議が一区切りつき、「ああ、一つ大きな
ハードルを越えることができたなあ」と本当にホッとしました。

 これによりまして、北陸新幹線建設に向けた道筋が整ったわけで
すが、長沼地区の対策委員会の皆さんにとっては、浅川ダム建設中
止による平成5年の確認書の不履行、それによる3年半にも及ぶ設
計協議の中止、等々、大変厳しい状況を乗り越えてこの日を迎えら
れたわけです。

 対策委員長さんからは、「地区住民、新幹線対策委員会関係者に、
これほど大きな混乱と、負担を強いた設計協議はない。」とも伺っ
ております。

 本来であれば、確認書交換後に、初めて用地測量が開始され、用
地買収範囲確定後、地権者会が発足し、用地交渉が始まるというこ
とが一般的な過程でありますが、設計協議未完了、確認書未交換で
ありながらも、長野県から、浅川治水対策について納得できる回答
が提示された場合に、速やかに事業が促進されるようにとの配慮と
善意から、鉄道・運輸機構、長野市との必要な協議を進めていただ
き、建設工事の下準備ともいえる各種行為も、認めていただきまし
た。
 また、昨年2月には、村井知事と私の要請を真摯(しんし)にご
理解いただき、地権者会発足と用地交渉の進展も見ることができま
した。

 この日結ばれた確認書につきましては、このような多くの苦難と
課題を抱えた歴史を経る中で、大変なご労苦の下に、慎重に検討さ
れ評価されたものでした。
 私は、このような経過をもって交換された確認書であることを、
重く受け止めるとともに、今後、地区住民の皆さんが願う一番重要
なことは、当該回答事項について長野市も含め国も県も責任を持っ
て、履行していくことであることを、十分理解しています。

 市として、回答事項の履行に努めることは、揺るぎないものであ
り、その中には、今後の努力義務として評価され、今後の協議によ
り解決される項目もありますので、長野市は関係部局が一体となっ
て、早期履行に向けて、誠心誠意、努力していくことをお約束いた
しました。鉄道・運輸機構および長野県とスクラムを組み、長沼地
区の皆さんおよび地区対策委員会の皆さんのご協力をいただきなが
ら、新幹線の建設促進に、さらに努力してまいりたいと考えており
ますので、市民の皆さんにも格別のご理解とご協力をお願い申し上
げます。

 以上、調印式当日、私がお話ししたあいさつの要約ですが、ここ
に至る間、私も市長就任以来、本当に悩みました。

 一つは行政の継続性とは何か、行政への信頼性とは何か、という
点です。行政が決めて地域と約束し、確認書を取り交わし、議会も
正式に議決し、着手したことを、選挙により首長が変わって、首長
の独断で、議会の承認もなく、すべてをほごにすることが許される
のか?ということでした。法律論はよく知りませんが、私の常識か
らすれば、次からは変えるとしても、その時点では変えるべきでは
ない、少なくとも議会の承認は当然必要ではないかと思いました。

 もう一つは、熱心に誘致活動に取り組んできた飯山・上越・そし
て北陸沿線の各都市が長野の動向を注視し、心配していたことです。
特にこの北陸新幹線は、北回り新幹線と言われた時代から、新潟県
の長岡経由で北陸へつなぐべきだという意見が根強くありました。
長野県を通過するのでは、中央道の塩嶺峠でさえなかなか解決でき
なくて時間がかかったことを考えると、長岡経由なら早くできると
いうのが北陸地方では強い意見だったと思います。
 それを打ち破って長野経由が決められたのは、長野県の運動・政
治力もありましたが、北陸地方でも指導力を持って「長野経由」を
支持してくださった方々がいたことが大きかったと私は感じていま
す。長野とすれば、北陸の方々に借りがあると私は思っています。

 さらに「陸の孤島」と言われやゆされ続けた昭和40年代、50
年代、私たちの悲願は何が何でも新幹線が通ってほしかった。でき
てみれば新幹線の光もあるけれど影もある、でも私たちの行動範囲
は格段に広がって、東京だけでなく世界を見る目も生まれてきてい
ると思います。このことは、私たちの子孫に永久に続いていくこと
です。その思いを、北陸の皆さんにも早く経験していただきたい。
長野市のことで迷惑は掛けたくない、そして長野市にとっても、本
当の意味で日本海時代が始まる・・・。そんな思いを強く感じてい
ました。

 調印式が終わり祝賀会では、皆さんと懇談しながら、「飯山や上
越から北陸沿線の皆さんに迷惑を掛けないで済んだ」という思いを
強くしました。重ねて、長沼地区の皆さんの大人の対応に感謝しま
す。

※1月17日配信のかじとり通信において、コンピュータ教育にお
ける表彰の「文部大臣表彰」は誤りでした。正しくは「内閣総理大
臣賞」です。おわびして訂正いたします。

2008年1月17日木曜日

教育委員さんとの懇談会


 先日、約2時間ぐらいでしたか、長野市の教育委員さん5名と懇
談会を行いました。
 別に特段テーマがあるわけではない・・・いや昔、私が教育委員
をさせていただいたころは、教育委員から市長に対し予算要望をす
るのが恒例だったのですが、予算については財政部と教育委員会事
務局の間で議論・査定して、めどが付いてから市長査定に上がって
くるルールになっていますので、最近はこのような場では、よほど
のことが無い限り、予算の話はありません。
 それより教育委員さんと市長がひざを交えて長野市の教育につい
てテーマを決めずに懇談することが主題になっている感じです(前
に雑談力についてメルマガに書きましたが、あれに近い話です)。

 冒頭、教育委員長から二つの話がありました。文部科学省が4月
に実施した「全国学力・学習状況調査」で、本市の小学校6年生と
中学校3年生ともに全国平均を上回る結果であったという話と、行
政視察で宇都宮市教育委員会のコンピューター教育の現場を見に行
ってきたが、そこの情報担当の職員から「長野市から視察に来られ
ても、何もお見せするものは無い、すべて長野市から教わったもの
です」と逆に感謝されたという話でありました。

 教育水準の話については、数年前から“NRT”という標準学力
検査に全市の学校が取り組み、その成果が表れてきていること(か
なり予算を使っています)、コンピューター教育は、フルネットセ
ンターの有効利用を含めて、NTTの皆さんと長野市の先生方が真
剣に取り組んできた成果である、とのことでした(これも数年前、
文部大臣表彰を受けています)。

 私からは「それはうれしい話です。慢心せずさらに頑張ってくだ
さい。でも市長の耳には概して良い報告は入るけれど、悪いことは
入りにくい。そんなことも含めて今日はざっくばらんに話をしまし
ょう」と申し上げて、自由な懇談をさせていただきました。

 自由な懇談ですから、内容をきちんと整理するのは難しい、同席
した教育委員会事務局の皆さんに任せた方が正確でしょう。また、
あまり詳しく内容をお話するのは趣旨に反するのではないかとも思
います。

 いつも「元気なまちづくり市民会議」の最後には、市長総括と称
して、その日論議されたテーマから印象に残ったこと、あるいは市
長の口から申し上げておいたほうが良いと判断したことについてコ
メントしています。それと同じような気持ちで、懇談の内容を個条
書きにまとめてみました(ただし以下は、私の感じたこと、すなわ
ち私見です。委員さんの話を勝手に解釈したり、私が日ごろ感じて
いることもありますがお許しください)。

 人を評価することは難しい、特に数値化できないことは難しい。
でも差があることは事実。

 NRTという標準学力検査は今後も継続したい。児童生徒の成績
が単に上がっただけでなく、教師が自らの指導方法を省みる手段と
もなり、長野市の教育にとって素晴らしい成果を上げつつある。

 子どもたちに、大きな、積極的な夢・目標を持たせたい。

 親の中に、先生や学校を困らせる人がいる。これに大変困ってい
る。毅然(きぜん)とした態度を取りたいのだが・・・親にも教育
の実情を知ってほしいのだが、PTAの会合などに出て来てくださ
る方は問題のない家庭が多い。出て来ていただけない家庭をどうし
たらよいか。

 家庭の教育力は絶対に必要、そのためには家族のだんらん、すな
わち親子で過ごす時間を長くすべきなのに、一方で、働かなければ
いけない状況がある。放課後子どもプランも始まるが、どうすれば
よいか。共働きの時代、できるだけ長く預かるべきという意見も根
強い。政策的には矛盾がある。
 また、子どもを地域で育てるということも昔から言われているが、
個人主義の時代、難しいテーマと感じている。

 教育だけではないが、理念の上ではみんな分かっていることが多
い、その理念を具体的にするべきではないか(分かっていないとい
う意見もありました)。

 長野市には素晴らしい教育大綱がある。加えてもう一つ、具体性
のある目標を設定できないか。

 普遍的で具体性のある行動目標は「あいさつ」ではないか。あい
さつ運動は各学校で実施しているが、学校ではできても、違う場面
ではできない子が多い。
“この件については、本年長野商工会議所篠ノ井支部の新年会に招
かれた時、中島支部長があいさつの中で、「はきものをそろえる」
と書いた木製パネルを示し、これを市内の全学校に届けるという素
晴らしい話がありました。私は「あいさつ」も結構ですが、せっか
く中島さんが素晴らしい提言をしてくださり、パネルまで用意して
いただいたのですから、この話に相乗りして一緒に運動したらどう
かと考えています。要は何か長野市を挙げてみんなで取り組むこと
が必要という意味で考えました。”

 もし学校で事故が発生すると、その責任追及は極めて厳しい。ど
うしても先生は憶病にならざるを得ない。でも、それが子どもたち
にとって本当に幸せだろうか。

 教育界は強制されることを、極端に嫌う。それはある面で正しい
けれど、間違っている面もあるのではないだろうか。また、現在は
強制することがいけないという風潮が強すぎる。子どもたちにも、
一定年齢に達するまでは(具体的には義務教育期間)強制すること
があってもよいのではないか、というより強制すべきことがたくさ
んあるのではないか。

 教育については、10人いれば10の意見があると言われており、
すべての人が一家言持っている。なかなか一致は難しい、だから普
遍的に、そして安全にということが重視され、現状をつくってしま
った・・・。

 以上、懇談会の報告です。文責はあくまで市長にあることを重ね
て強調しておきます。

2008年1月10日木曜日

市長の新年諸行事


 前回のメルマガでは、新春ごあいさつということで、今年の主な
予定や、今年の抱負などを、概括的に、総花的に、述べさせていた
だきました。

 新年になって三が日は、スキーへ行ったことや家族とのだんらん
を楽しんだことは別として、まずテレビや新聞、インターネットな
どで、できるだけ今年の概括的な動き、あるいは世の中の流れを読
み取ろうと努めました。本も2冊ほど読みました。

 1月4日の仕事始めには、仕事始め式や新年の部長会議で、訓示
というか自分に言い聞かせるつもりで、市職員としての心構えを話
しました。

 それから、庁内(本庁だけですが)を上から下までグルリと回っ
て、職員に新年恒例のあいさつをして歩きました。普段、市長が具
体的な用も無く庁内を歩くというのは、時間が取れないこともあり、
あまりできません。この辺は会社の社長時代とは随分違うところで
もあります。ただ本庁は皆さんご存じの通り、建物が二棟あります
ので、結構重労働で、一課1分間ぐらいのあいさつをしていくので
すが、久しぶりにうっすらと汗をかきました。

 また、新年のあいさつに来ていただく方、あるいは団体・組織の
方もたくさんいらっしゃいます。いずれも前年の間に申し込みを受
けていろいろ調整して、一組大体15分間ぐらいしかお話はできな
いのですが、私にとっては大切な情報交換の時間です。

 5日は恒例の消防出初式が行われました。鍋屋田小学校のグラウ
ンドに消防団、市民団体、消防職員など約1,200人が集合、市
内をパレードし、市役所第一庁舎と市民会館の間で市長観閲式を行
い、市民会館で式典を行いました。若林農林水産大臣、小坂衆議院
議員、北澤参議院議員、総務省消防庁長官(代理)、長野県知事
(代理)、長野県消防協会会長(代理)、長野市選出県議会議員全
員、長野市議会議員全員・・・来賓の皆さんも大勢出席してくださ
いました。消防団員の勇壮な木遺(きやり)と纏(まとい)が雰囲
気を盛り上げ、松ヶ丘保育園のかわいい園児さんの演奏は会場を和
ませてくれ、うれしかったです。

 そのほか、3日以降、いろいろな組織の新年会が始まり、市長と
してあちらこちらへご招待いただいています。夕方から3席ぐらい
ある日もあって、お酒を飲みすぎないように気を付けなくてはいけ
ないと自戒していますが・・・なかなか難しい問題です。

 ここまで、いろいろ市長の新年行事について書いてきましたが、
私にとってこれらのことは、情報収集の大きなチャンスと考えてい
ます。前回のメルマガは、一般的には既に十分知っていただいてい
ることで、粛々と実現していくことが大切なのですが、実際の行政
は常に流動的ですから、いろいろな情報が必要であり、それにはい
ろいろな方々とお会いし、雑談を含めて意見交換をすることが大切
であると思っています。

 そこで感じたことについて、行政に影響が大きいことを幾つか書
いてみます。
(1)年末年始、地球環境問題に関する意見・報道が非常に多かっ
 たように感じます。もちろん前からいわれていることでもあり、
 誰もが何とかしなくてはと思っていることなのですが、自分のこ
 ととして、なかなか具体化できない、また長野市だけで行っても
 大勢に影響がないのではと感じてしまうのかもしれません。しか
 しながら、それがいよいよ足元に火が付いた、二酸化炭素削減に
 全力を挙げなくてはならない時期が来たという感を強くしました。
(2)長野の景気は依然として回復感に乏しいことは承知していま
 したが、これもぎりぎりのところに来ていると感じました。世界
 的には昨年から始まったサブプライムローン問題と原油高がボデ
 ィーブローのように効いてきているようで、新年の東京証券取引
 所の大発会も株価が大きく下落して始まりました。市町村が支援
 できることはあまりない(予備費を使って高齢者などの一部の市
 民に灯油代を多少援助させていただくことは、決めましたが)と
 は思うのですが・・・景気が悪いことが原因で、税収が上がらな
 いこともあります。社会全体が逼塞(ひっそく)感を強め、犯罪
 も増えてくるように思います。何とかしたい、でもどうすればよ
 いのでしょうか・・・なかなか打開策が見つからない問題です。
(3)年末、急に起こったことですが、県内に大きな影響力を持つ
 松本電鉄を中核とするアルピコグループが私的整理を発表したの
 にはびっくりしました。長野市内では川中島バスが同グループの
 会社ですし、スーパーのアップルランドは、市内に5店舗営業を
 しているとのことです。前から多少のうわさは聞いたことがあり
 ましたが、まさかと思っていました。それでも、法的整理でなく、
 私的整理になったことは救いです。そしてすぐ翌日でしたか、飯
 田の信南交通が、地域路線バス事業からの撤退を発表したことも
 驚きでした。いずれも地域社会に大きな影響がある話で、心配で
 す。これらについては、もう少し事態の推移を見た上で、またメ
 ルマガに書きたいと思っています。
(4)国会のねじれ現象は困ったけれど、解散の無い参議院は、総
 選挙をやっても今後3年間状況は変わらない、話し合い政治をや
 ってもらうしか仕方ない・・・大方のご意見でした。

 これらのことを、ただ感じただけではいけない、具体的に解決に
向けて行動を起こさなくてはならない・・・それは痛感するのです
が・・・難しいかじ取りが求められています。

2008年1月4日金曜日

2008年 新春あいさつ


 新年あけましておめでとうございます。希望に満ちた新春を迎え
るに当たり、謹んで新年のごあいさつを申し上げます。皆さんにお
かれましては、健やかに新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。
また、日ごろは市政に対する温かいご理解とご協力をいただき、心
から感謝申し上げます。

 本年は、長野冬季オリンピック・パラリンピック大会から10周
年を迎え、2月には記念式典をはじめとして各種記念事業が開催さ
れます。北京オリンピック大会の開催年でもあり、4月26日には
「北京2008オリンピック聖火リレー」が国内で唯一、長野市で
実施されます。また、長野かがやき国体スケート競技会や全国中学
校スケート大会も開催され、スポーツによる華やかな話題から始ま
る年となりそうです。
 オリンピック開催都市として、次代を担う子どもたちに、スポー
ツによる平和と友好の大切さを継承し、夢と希望を与えていくこと
は大切な使命です。

 昨年、エムウェーブとスパイラルが、国のナショナルトレーニン
グセンターの競技別強化拠点施設として指定されましたが、ウイン
タースポーツの聖地を目指す本市としましては、非常に大きな財産
であり、今後のスポーツ振興の発展に寄与するものと考えています。
 これからも、オリンピックで培われたスポーツ文化をはぐくみ、
誰もがスポーツに親しめる環境を整備し、「スポーツを軸としたま
ちづくり」を進めてまいります。

 また、4月には、いよいよ長野市立長野高等学校が開校します。
「男女共学」「単位制総合学科」を導入し、県内唯一の市立高校と
して、市立ならではの特色ある高校としてスタートします。
 信州大学などの高等教育機関や各種市民団体、企業経営者など
「地域の教育力」の応援をいただき、「スポーツ・健康」「国際・
人文科学」「環境・情報」「福祉・生活科学」の分野で大いに学び、
豊かな人間性をはぐくみ、個性と能力を伸ばし、社会に貢献する力
を身に付けていただくことを期待しています。

 さて、昨年を振り返りますと、突然安倍前首相が退陣し、福田首
相の誕生など混迷した国政、年金問題、相次いで起きる食品表示の
改ざんなどによる「食の安全」をゆるがす事件、公務員の不祥事な
ど、社会責任や倫理観について深く考えさせられた年でした。
 また、能登半島沖地震、中越沖地震は甚大な被害をもたらしまし
た。建物の耐震化、高齢者などの援護体制づくり、避難所の対応な
ど「防災都市」に向けた早急な整備の必要性を改めて感じています。

 本市においては、市制110周年を節目とした記念行事の開催や
NHK大河ドラマ「風林火山」の放送に合わせた川中島合戦ゆかり
の地観光推進事業と、戸隠イヤーとして戸隠集中観光キャンペーン
の実施、国宝善光寺本堂再建300年記念行事など、全国の注目を
集め、多くの観光客で活気にあふれた年でありました。また、もん
ぜんぷら座の未利用階には、NTTコールセンターが入居し一部業
務を開始されました。中心市街地に新たなにぎわいが生まれ「コン
パクトなまち」の実現に資するものと期待しています。

 早いもので、私が市長に就任して二期目の折り返しが過ぎました。
この間、国の経済は、長期にわたる低迷から、緩やかに回復基調に
転じてきているものの、国と地方の財政状況は、これまでの経済対
策などによる膨大な長期債務により逼迫(ひっぱく)した状況にあ
り、国・地方共に財政の健全化に向けた改革が喫緊の課題となって
います。また、少子・高齢化の進展や団塊の世代の大量退職、三位
一体改革をはじめとした国と地方との関係の見直しなど、人口構造
や社会構造が大きく変化してきています。

 私は、時代の変革に呼応しながら、常に長野市の発展と市民福祉
の向上を念頭に置き、「民間活力の導入」と市民の目線に立った
「わかりやすい市政」を理念とし、市民の皆さんとのパートナーシ
ップによる簡素で効率的な行政運営に取り組んでまいりました。
 そして、昨年からは「まちづくりの設計図」といえる第四次長野
市総合計画をスタートさせ、10年後の都市像である「~善光寺平
に結ばれる~人と地域がきらめくまち“ながの”」の実現に向け着
実に実行に移しています。

 その中で本年は、「都市内分権」の推進と「財政の健全化」に向
けた取り組みはもとより、特に「中山間地域の活性化」に力を入れ
て取り組んでまいりたいと考えています。
 「限界集落」という言葉がクローズアップされていますが、中山
間地域は、交通機関や道路、医療機関など生活環境が未整備な点に
加え、後継者不足など社会的な共同生活の維持が難しくなっている
状況が生じています。
 われわれは山や河川から「きれいな水と空気」の恵みを享受して
います。その山や河川が荒廃し、災害の恐れが増え、美しい景観が
失われることは、中山間地域だけではなく、市全体で考えていかな
くてはならない課題であると考えています。
 一朝一夕に解決策を見いだせるものではありませんが、中山間地
域で元気を出して暮らしていけるよう、市農業公社や住民自治協議
会、森林組合などと協働して、新しい中山間地域活性化の長野モデ
ルを構築していきたいと考えています。
 そのほか、子育ち・子育て支援、教育環境の整備、企業立地の推
進、環境対策などの重要課題にも積極的に取り組んでまいります。

 平成26年度末には、長野新幹線が上越を通って富山・金沢まで
営業区間が延伸します。長野以北の平行在来線存続問題のほか、単
なる通過駅とならないよう、沿線市町村との連携のもと、長野の歴
史・文化、山や高原の素晴らしさ、おいしい食べ物など、さまざま
な地域資源に付加価値を高め、「ぜひ長野を訪れてみたい」と思っ
ていただけるような「魅力と存在感のあるまち」を築いていかなけ
ればなりません。
 昨年、首都圏で活躍されている本市に縁のある27人の著名なメ
ンバーによる「ふるさとNAGANO応援団」を設立いたしました。
高度な専門知識、豊かな経験、広い人脈を基にした産業振興などに
お力添えをいただき、都市の魅力を高めてまいりたいと考えていま
す(広報ながの1月1日号の特集記事となっていますので、ご覧い
ただけたらと思います)。

 「任重くして道遠し」でありますが、地域の力・市民の力を結集
していただき、「人と地域がきらめく」活気ある魅力的なまち“な
がの”の実現に向け、勇往邁進(ゆうおうまいしん)の精神で努め
てまいります。
 この一年が市民の皆さんにとりまして幸多い年となりますことを
心からお祈り申し上げ、新年のごあいさつといたします。