新年度に入って、各地の桜の便りが聞かれ、長野はまだかなあと
随分気をもみましたが、4月12日(土)、ようやく開花宣言にな
りました。見ごろは17日から20日ごろだったでしょうか。
長野市のホームページも変わったこと、お分かりいただけたで
しょうか?背景の色も春らしく桜色になりました。これからも四季
に合わせて色を変えていく予定です。お楽しみください。
4月13日(日)は、AC長野パルセイロの北信越リーグでの今
シーズン初戦でした。私も応援に出掛けましたが、3対1で快勝、
まずまずのスタートを切りました。初戦でまだ硬さが見られました
が、今後勝ち続けて、私たちに夢を見させてほしいものです。バ
ドゥ監督にお聞きすると、大きな応援が選手を奮い立たせるので、
観客が多いことがとても重要とのことです。皆さんも競技場へ出掛
けて、大きな声で応援をしましょう。
なお、19日には福井で第2戦を戦い、勝利を収めたとのことで
す。
4月18日(金)、フリースタイルスキー・ワールドカップで総
合優勝に輝いた上村愛子選手の「優勝を祝う会」が開かれました。
彼女は長野市の北野建設に所属し、長野オリンピック当時から活躍
しており、私たちに夢を見せ続けさせてくれていますが、このたび
は日本人初の快挙を成し遂げたものです。2年後のバンクーバーオ
リンピックでも活躍が期待されています。
4月20日(日)には、10回目となる長野オリンピック記念長
野マラソンが開催されました。実際にスタートしたランナーは、過
去最多の7,444人で、約85パーセントに当たる6,335人
の皆さんが完走されました。参加者の7割が県外の方ということで
すから、ぜひ長野の桜を見てほしいと思い、それまで桜が持ってく
れればよいと思っていました。雨などもあり心配しましたが、ラン
ナーの皆さんにも楽しんでいただけたのではないかと思っています。
同日、「善光寺さくらまつり」が城山公園で行われました。市で
は、一昨年に「1200万人観光交流推進プラン」をつくり、事業
推進を図っていますが、プランの達成に向けて今年は、善光寺界隈
(かいわい)と飯綱高原に焦点を絞って宣伝することにしています。
特に善光寺は、来年、7年に一度の御開帳を迎えることから、今年
と来年、いろいろなイベントを展開していくことにしており、「善
光寺さくらまつり」はそのキックオフ事業でした。昨年新装成った
旧市営球場跡地の公園で、和太鼓演奏や城山小学校合唱団の皆さん
による合唱、雅楽、三味線などのステージ、また、着物姿の女性の
方々による野だてや地元商工会の皆さんからとん汁の振る舞いなど
もあり、お越しいただいた大勢のお客さんをもてなしてくださいま
した。
4月23日(水)、篠ノ井の千曲川河川敷の中に残っていた小森
石土手の保存工事の完成式典がありました。江戸時代のものとみら
れる遺構が見事な形で出土したのですが、その一部が地元の「小森
の千曲川に架かる石土手を後世に継ぐ会」の皆さんのご熱意と国土
交通省千曲川河川事務所のご配慮により再現されたものです。ぜひ
一度、皆さんにも見ていただきたいと思います。
同じ日、重要文化財善光寺三門(山門)の竣工(しゅんこう)式
もありました。三門が老朽化して危険になり、国の補助を得て5年
ほど前から解体修理をしていましたが、昨年末ようやく完了したの
です。私が子どものころは、三門に登って門前町の景色を見ること
ができました。いつからかは記憶がありませんが登ることが禁止さ
れ、長い間忘れていたのですが、このたびの平成の大修理の竣工を
機に、再び登ることができるようになりました。ただし、文化財で
すから仕方ないのですが、バリアフリーというわけにはいきません。
また、期間を限定しての「登楼」になるようですが、ぜひ登ってみ
たいものです。
4月26日(土)、北京オリンピックの聖火リレーが、日本で唯
一、長野で行われます。
皆さんご存じのとおり、先週18日に善光寺事務局の若麻績寺務
総長さんをはじめ4人の役員の方々が市役所においでになり、聖火
リレーの出発地を辞退したい旨の申し入れをいただきました。これ
は、リレー開催日は連休初日で多くの参拝者があることや、文化財
の保護をはじめ、多くの課題があることを理由としたものでした。
この申し入れを受け、私なりにもいろいろな角度から検討してみ
ましたが、善光寺や一般参拝者、周辺の方々に配慮することが最優
先であると判断して了承することにし、実行委員会にお諮りしまし
た。21日に実行委員会が開催され、出発地の変更が了承されまし
た。
聖火リレーを長野で実施することになったのは、昨年、JOCか
ら打診があったことに始まります。もともと東京都が実施したいと
いう意向だったようですが、2016年のオリンピック開催権を求
めて立候補中なので、IOCが拒否。冬季オリンピックを開催した
ということで長野にお話がきたのです。
長野とすれば、オリンピック10周年の節目の年に当たり、名誉
なことでもあり、そしてもう一度オリンピックの聖火を迎え世界に
情報発信ができると考え、お引き受けしたのです。体制としては、
JOCの尾崎理事が実行委員会の会長に就任、長野市は事務局を引
き受けて、準備がスタートしました。警備は県警に協力をお願いし
ました。
10年前の長野オリンピックの時、私も聖火ランナーの1人とし
て最終日に走らせていただきました。警備もまったく無い中で、市
民の皆さんに囲まれて楽しく走らせていただいたこと・・・懐かし
く思い出しています。
聖火リレーが始まって、このような状況になるということは、
まったくの想定外でした。ロンドン、パリ、サンフランシスコ・・・
と騒ぎが続いているものですから、警備を担当する県警も当初予定
の警備体制を変更して大掛かりなものになりますし、大変なことに
なってしまいました。
先日、ダライ・ラマ14世が来日した際に行われた記者会見をテ
レビで見たのですが、(1)北京オリンピックを支持する、(2)
我々は独立を目指しているのではない、(3)暴力は絶対にいけな
い、の3点を強調しておられました。
この言葉は、私たちにとっても、良かったと思っています。そし
て、少なくとも人権問題を掲げた抗議行動を暴力的な手段を用いて
行うことは、避けていただきたいと思っています。
私は、日本の法律の範囲内で行動する人たちを規制するつもりは
ありません。表現の自由、集会の自由は、基本的な人権ですから。
幾つかの団体から前日あるいは当日、集会やデモのために公園など
を使用したいという申請が出ています。長野市の条例に反しない限
り、これらは許可しています。
何とか平穏のうちに、オリンピックを開催した都市としての責任
を果たし、世界へ平和のメッセージを発信したいものです。
4月27日(日)、長野市早起き野球大会・サンデー野球大会の
開会式が開催されます。早起き野球の全国組織である全日本早起き
野球協会は、もともと長野市で1981年に結成されたのが始まり
だったということをご存じでしょうか。早起き野球は、長野市発の
全国的なイベントです。皆さん大いに楽しみましょう。「早起きは
三文の徳」です。
同じ27日、鬼無里の奥裾花自然園の開山祭と安全祈願祭が開催
されます。まだ、少し早めのようですが、5月中ごろまでには、す
ばらしい水芭蕉を見ていただけるようになると思います。お出掛け
ください。
4月29日(火)には、優勝を目指して始動している信濃グラン
セローズのホームゲーム開幕戦が長野オリンピックスタジアムで行
われます。19日に開幕した今年の北信越BCリーグには、今まで
の長野、新潟、富山、石川に加え、群馬、福井も参加して一段とス
ケールアップするようです。皆さんこちらも応援しましょう。第1
戦は19日、新加入の群馬ダイヤモンドペガサスと対戦、6対5で
勝利し、好スタートを切ったようです。
そして同じ29日から、中央通りや権堂アーケードなどで「善光
寺花回廊」が始まります。ゴールデンウイークをきれいな花で飾っ
てくれることでしょう。
長野にとって4月は、雪が消えて、「モノ」すべてが躍動する元
気なシーズンです。報告したい項目が多すぎて困ってしまうほどで
すが、大いに楽しみ、そして参加していただきたいと考えています。
2008年4月24日木曜日
躍動する長野、元気なシーズンが始まりました
2008年4月17日木曜日
地方分権の流れと都市内分権 (2)
前回は、地方分権の流れについて述べさせていただきました。今
回は、長野市が選択した「都市内分権」について書かせていただき
ます。
歴史的に考えれば、長野市は合併を繰り返して大きく成長してき
ました。それぞれの地域には、それぞれの特徴があります。長野市
としての一体感を大切にし、行政のスリム化も達成しながら、すべ
ての地域が生き生きと発展する仕組み、それが大切です。
そこで新しい地方自治の仕組みが必要になったのです。長野市が
「都市内分権」を選択した動機です。
ますます広大になる市域、行政が遠くなることへの住民不安、厳
しい財政状況、そのほか限界集落の出現、地域コミュニティの弱体
化などを考えると、これからの自治体には、自治体内の小地域が自
らの意思によって自己実現を図る場が必要だと思います。自らのこ
とは、自らが決めるシステム、それも昔のような「ムラ社会」では
なく、近代的な共同体として役割を分担する仕組み、すなわち地方
分権の市内版と言ってもよい仕組みが必要なのです。
旧来のシステムを全部壊すことは現実的ではないことから、長野
市では市内の30地区すべてにまず住民自治協議会を結成して、当
面は区長さん方を中心に地区内の団体を結集し、住民の意思決定組
織にしていきたいと考えています。加えて、市では、結成された住
民自治協議会が充実するよう支援していくとともに、従来個々の団
体それぞれに交付していた補助金を住民自治協議会に一括交付する
ことで地域の自由度を高め、住民が主体的にまちづくりに取り組む
ことができるように進めていくことにしています。
当然のことながら、以前から存在する地縁団体と、NPOなどの
新しく生まれてきた諸団体との連携・協働も大切なテーマです。地
縁団体だけではとかく古い体質になってしまいがちで、ある意味、
心配もあると感じています。NPOなどの新しい力と連携すること
で、真の地域活性化につながるのではないかと期待しています。
従来申し上げてきたことですが、住民自治協議会に必要な基本的
なことについて、私のメモから幾つか抜き出し、以下に整理してみ
ました。
(1)住民自治協議会の原則
・地域を代表する組織であると大多数の住民が認める組織
・役割分担ができている組織
・計画性を持った組織
この3原則以外は、各地区の自由であり、規約も含めて自主的
に決める。ただし、住民自治協議会の結成以後、行政との合意
に基づき、市から依頼する事務(必須事務)と住民自治協議会
が選んで実施する事務(選択事務)に分けて、取り組んでいた
だく必要はある。
(2)補完性の原理
・自分でできることは自分や家族で行う(自助)
・自分でできないことは、地域で行う(共助)
・地域でできないことは、行政が行う(公助)
補完性の原理は、「問題はより身近なところで解決されなくて
はならない」というキリスト教社会倫理に由来していると言わ
れている。この原理は、EUの「ヨーロッパ地方自治憲章」で
条文化され、国連の「世界地方自治憲章草案」にも盛り込まれ
ている「個人の自立」を前提とした社会の構成原理。日本では、
平成15年の第27次地方制度調査会の「今後の地方自治制度
のあり方に関する答申」の中に、国と地方で役割を分担する考
え方として提示され、分権・協働型社会への転換を支えている。
コミュニティ組織やNPOなど、さまざまな団体による活動と
行政との新しい協働の仕組みづくりにも適用されている。
(3)限界集落の出現・拡大。中山間地域は市域の約70パーセン
ト。活性化しなくては長野市全体の元気を失いかねない。
・市街地とは別の施策が必要
・農業公社の活用、中山間地域の住民自治協議会との連携
・生活支援要員の採用、生活できる収入を稼ぐ場づくり
などのことが必要になりそう。
(4)その他
・市職員が、住んでいる地域の住民自治協議会へボランティア
で参加することの要請
・NPOなどの参加も期待したい
さらに、今後検討していきたいテーマは、何らかの形で企業に
住民自治活動へ参加してもらいたいということであり、このこ
とへの期待を表明したい。
・企業が社会的存在であることを意識すれば、企業の地域貢献
が大切なことは十分理解されるはずだし、結果的にはそれが
企業利益にも通じるはず
・地域としても、経済団体、企業の協力が必要な時代にあるよ
うに思う。特に商工会議所、商工会には、地域の総合経済団
体として期待したい
・格差是正が求められている時代、社会の安定・発展のために
も企業の行動を期待している
・企業の社員として・・・企業所在地の住民自治協議会への参
加、あるいは社員が住んでいる地域の住民自治協議会への参
加を期待したい
「住民自治協議会」「市議会」「行政」それぞれの関係は、いず
れ調整する必要が出てくるのではないかとも考えています。今後、
住民自治条例を制定するかどうか・・・。
また、地域の自由度が高まるにつれて、市内一律の制度では地域
の要請に応えることが難しくなっていくことも予想されます。意欲
的にまちづくりに取り組もうとする地域で市民の皆さんが満足感や
達成感、充実感を得ていくためには、国の「構造改革特区」の長野
市版というような仕組み、例えば、地域性や近接性などから、同じ
課題を抱えた複数の地域が、一緒になって「特別区域」として課題
解決に取り組んでいくような仕組みを検討する必要があるのではな
いかとも考えています。
いずれにしても当面の目標とすれば、コミュニティの再生、地域
活性化、そしてお任せ民主主義の打破といったところでしょうか。
最終的には、当たり前ですが、市民の幸せを実現するということで
しょう。
現時点ではいろいろなことが思い浮かんできますが、それぞれ機
が熟せば検討してみたいと思っています。
2008年4月10日木曜日
地方分権の流れと都市内分権(1)
先日、商工会議所の皆さんから「都市内分権」の話をしてほしい
と頼まれ、講演をさせていただきました。
「都市内分権」については、これまで、地域の皆さんが主体とな
り、地域ごとの「住民自治協議会」をつくっていただくことを中心
に推進してきました。そろそろ企業関係にも輪を広げたいと思って
いましたので、よい機会をいただいたと思い、「地方の時代が来て、
それが都市内分権につながっている」という話をさせていただきま
した。
以下は、その時の講演原稿に若干手を加えたものです。
[江戸時代・地方自治の時代]
歴史を振り返ってみますと、童門冬二先生の話にもあるのですが、
江戸時代の幕藩体制というのは、地方自治の体制だったということ
です。特にどのくらい通用したのかは知りませんが、藩札(はんさ
つ)という地域通貨も存在していました(もっとも明治維新後、政
府はこの藩札の処理には随分苦労したらしいのですが)。加えて、
住民の職業・居住の自由についても制限されていたと言われていま
す。
[明治維新後の中央集権国家]
維新後の明治新政府は、急速にアジアに進出してきた列強に伍し
ていく必要から、近代化、産業育成、そして富国強兵を進めるため
に、地方政治の権化である幕藩体制を打破して「中央集権国家」を
目指しました。
憲法発布、帝国議会の開設、日清・日露の戦争・・・そして徐々
に中央集権国家の体裁が整っていきました(大正ロマンと言われて
いる素晴らしい時代があったようですが)。昭和に入って、大不況、
そして満州事変から太平洋戦争・・・敗戦によって国家経営は破た
んに至りました。
[戦後の掛け声としての地方の時代]
戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の主導で民主主義が導入され、
戦前の中央集権的国家への反省から、理念として地方分権の声が生
まれたようですが、地に着いたものにはならなかったように思いま
す(民主主義については与えられたものではありましたが、確実に
進展したように思います。しかしながら、一面ではそれが個人主義
的発想を追い求める社会になったようにも思います)。
昭和40年代末、私の尊敬する故夏目忠雄元長野市長が参議院議
員へ転身する時のスローガンは「地方の時代」でした。戦後30年
近くたっていたのにこのスローガンだったのですから、当時はまだ
「地方の時代」ではなかったことを証明しているとも言えるでしょ
う。理念はともかく、実質はなかなか伴ってこなかったのだと思い
ます。
当時、「子どもを地域で育てよう」というスローガンがPTAで
提唱されました。しかし、戦後、私たちが追い求めてきた個人主義
的な風潮のなかで掛け声ばかりが先行し、実質的には難しいのでは
ないかと私は感じていました。そして、それは今でも続いているよ
うな気がします。
[地方分権一括法の成立]
平成12年、いわゆる「地方分権一括法」が成立しました。この
法律は、ある意味では画期的な法律であったと思います。この法律
により、国の機関委任事務制度が廃止され、地方自治体が行う事務
は、自治事務と法定受託事務に再構成されました。
この法律成立以前の市町村は、国・県の下部機関として決められ
た通りに委任事務をやることが義務であり、創意工夫をする余地は
あまり無かったと言ってもよいでしょう。「地方分権一括法」によ
り市町村の自己決定権は大きく拡大したのです。
しかしながら、現段階では、地方分権一括法の理念は、必ずしも
個別法に反映されておらず、不合理が多い(一括法との矛盾がある)
のが実態ですし、財源が十分にあるわけではありませんから、地方
の自由度はそれほど高くはありません。
ただ、時代の流れは、確実に地方分権・地方自治の時代へ舵(か
じ)が切られたわけですから、地方が主体的に行動しようという動
きは、次第に強まっていくはずです。
[理念としての道州制]
道州制の提議も行われました。国、県の在り方が問われ、現段階
はまだ理念的な段階ですが、道州制の導入が必要であると叫ばれて
います。県の代わりに幾つかの県を合わせたくらいの規模を持つ州
をつくろうということなのですが、今後10年の間に何らかの動き
があると言われています。
[基礎的自治体としての市町村合併]
いずれにしても、地方分権一括法や道州制の理念を実現するため
には、基礎的団体である市町村の行財政基盤を強化しなくてはなら
ないということで、平成の大合併が始まりました。かなり速いペー
スで合併が行われ、市町村の行財政基盤は飛躍的に強化されてきま
した(強化されつつある状況かもしれませんが)。
さて、今後は、合併により大きくなった市町村をどのように運営
していくかが問われる時代になります。合併した市町村の規模(面
積・人口・財政等)は拡大しています。併せて行政のスリム化が図
られたのですが、一方で市民要望はバブル時代に肥大化したままで
すし、自律・自立の発想が弱くなっているように感じます。義務の
意識が薄れ、自由・権利を主張するが故に、公共の意識が弱まって
いるのだろうと思います。
[三位一体改革により資金の流れが変化]
三位一体改革等で、国から地方への資金の流れが変わりましたが、
全体としては地方の収入は減ってしまいました(市税は国の税源移
譲で若干増えていますが、国からの地方交付税・補助金等が減って
おり、全体として減ってしまっています)。地方自治体は、バブル
時代の後始末もあり、市民要望をすべて受け入れる余裕はなくなっ
ています。自らの創意工夫によって地方を治めていくことが求めら
れる時代なのです。
ただ私は、良い方向に進んでいると信じたいのです。国の補助金
的な要素は減り、まだまだ不十分ですが、税源移譲により地方の自
主財源が増えていく傾向が始まっています。また、一律の補助では
なく、努力する、工夫する自治体を育てる意識も出てきているよう
に思います。
[これらの変化から、新しい市町村経営が求められる時代]
以上、長々と述べてきましたが、地方自治体が今後成長発展し、
市民の幸せを図り、持続可能な社会にしていくにはどうすればよい
のか、選択肢はいろいろあるのかもしれませんが、長野市は「都市
内分権」を選択しました。
今回はここまでとさせていただき、次回は長野市が選択した「都
市内分権」について述べさせていただきたいと思います。
2008年4月3日木曜日
長野市の理念
長野市には、昭和62年に制定した素晴らしい市民憲章があるこ
とをご存じですか?
立派な文章ですが、あまり話題になることが無く、きちんと覚え
ていらっしゃる人も残念ながらあまりいないのではないかと感じて
います。
私自身も正確に覚えているか自信がありませんが、市長室には、
立派な額入りの市民憲章が飾ってありますし、市役所の前の道路脇
にも碑が立っています。
今日は、新年度のスタートに当たり、皆さんと一緒に読んでみた
いと思います。併せて長野市には立派な教育大綱、農業委員会憲章
などもあります。
集めてみましたので、皆さんも声に出してみましょう。
****************
長野市民憲章
信濃の国の
歴史と伝統のあるまちで
私たち長野市民は
すぐれた自然と文化を愛し
平和を願い
ひとの尊厳を大切にし
国際人としての資質を高め
ともに力を合わせて
豊かに
発展する未来へ向けて
羽ばたく
昭和62年12月21日制定
****************
長野市教育大綱
明日を拓く深く豊かな人間性の実現
学校、家庭、社会の総合的な教育により、敬愛の心を培うととも
に自律心や創造力を養うことを基底として、体力の増強とスポーツ
の振興、人権同和教育の徹底、青少年の健全育成、平和な国際化社
会をになう教育の進展等を期し、深く豊かな人間性の実現をめざす。
○ 児童・生徒ひとりひとりの人間性を深く豊かに鍛えのばす学校
教育
深い思いやりの心を陶冶(とうや)し、清らかな情操、基礎的
な学力、強じんな意志・体力の形成に努める。
○ 深く豊かな人間性を育む家庭教育
わが家の生活習慣・しつけ・豊かな情操を培い、家庭、地域
社会等の活動に努める。
○ 深く豊かな人間性を実現する社会教育
愛郷の精神、社会的道徳性を養い、地域社会・家庭等の活動
に努める。
昭和62年5月制定
****************
長野市農業委員会憲章
長野市農業委員会は
誇りと責任をもって
農用地を大切にし
農業 農業者の代表として
活力ある農村と都市の調和を求め
農用地の有効利用を図り
流動化と集団化を進め
農業者の期待と信頼に応え
担い手と後継者の確保に努め
明日に向け
食料の自給と農政の確立に努めます
平成3年10月17日制定
****************
以上、三つ集めてみました。特に農業委員会憲章は、私も今年農
業委員会の総会に出席させていただいて、初めて知ったものです。
いずれも15年~20年以上前に制定されたものですが、私は、
改めて読んでみて、「理念」というのは大切だけれど、必ずしも実
現できていないものもあるなあと思いました。
すべての人が賛成できる、そしてその時点での将来への期待・・・
そんな思いが込められたものが「理念」でしょう。でも個々の問題、
具体論を考えてみると、なかなか難しいと感じています。
総論賛成、各論反対は世の常でしょうし、同じ文章でも、立場や
解釈の違いひとつで、正反対になることも間々ありそうです。あま
り深読みせずに、素直に読んだ通りとするのが、正しいのでしょう。
そういえば、4月から長野市立長野高等学校(略称「市立長野
(いちりつながの)」)がスタートしますが、校歌を、長野市とはいろ
いろなご縁がある森山良子さんにお願いしていました。その校
歌ができてきました(松井五郎さん作詞・森山良子さん作曲・古川
初穂さん編曲)。
入学式でお披露目いたしますが、私は事前に聴かせていただきま
した。従来の校歌のイメージとは全然違う、でも素晴らしいもので
す。今後学校の成長とともに歌い継いでいかれるものと信じていま
す。
今日は、新年度の最初のメルマガということで、長野市の目標に
している「理念」を、幾つか書いてみました。