前回のかじとり通信では、あと2年の任期の間にやるべきことや、
めどを付けておきたいことをお話ししました。そして、これまで
「所与の条件」の下で、市政を最良の方向に進めるよう、かじ取り
を行ってきたこともお話ししました。しかし、それだけでは解決で
きないこともたくさんあることを感じています。今回は、過去10
年間の市長経験で感じていること、とりわけ法改正の要望などにつ
いてお話しします。
まず、地方自治法に関してです。
現在の行政の会計制度は、単式簿記であり、これだけでは行政
(長野市)の財務状況を正しく表すことはできません。そこで、行
政にも複式簿記の採用が必要だと考えています。将来、国などの関
与を受けず、市が独自の市債を発行して資金を調達する時代になっ
た場合に、正確な将来計画や財務内容を示すことができなければ、
プライムレート(最優遇金利)ではなく、高い金利が課されるとい
った不利な条件になるでしょう。
複式簿記にできない理由の一つは、従来面積だけで管理していた
道路や河川などを含む保有土地の評価が難しく、評価額の算定が困
難なことです。そこで現在は、国が例示する評価方法(平成19年
10月の通達)のうちから、昭和44年度以降に取得した土地につ
いて、取得原価で評価する簡便な方法を採用して評価しています。
つまり、昭和43年度以前から保有している土地の評価額は、0円
ということになります。例えば、後町小学校の土地については評価
していませんから土地勘定では0円ですが、売ってしまえば大きな
資金が入ることになり、本来ならば変わらないはずの貸借対照表の
財務状況が大きく改善することになります。
それであれば、全ての土地を不動産鑑定すれば良いと思われるで
しょうが、それには多額の経費と時間が掛かり、あまり意味があり
ません。土地勘定は欄外に出して、土地勘定抜きの貸借対照表を作
るべきでしょうか。
会計制度のことで、もう一つぜひ見直していただきたい制度があ
ります。それは予算の単年度主義です。
行政が行う仕事は、数年にまたがることが少なくありません。と
いうより大型事業は常に何年かにわたって行われることになります。
しかし、例えば、かなり前から行っているJR長野駅東口の土地区
画整理事業は国庫補助事業ですので、毎年国の予算がいくら付くか
によって、その年の事業量が左右されてしまいます。もし、複数年
度にわたる事業として、10年間にいくら補助金を出しますと決め
てくれたら、市債も計画的に発行しながら、長野市の判断でどんど
ん事業を進められるはずですし、前倒しも可能になるはずです。そ
うすれば、事務費なども格段に少なくて済むはずですから、市債の
発行に伴う金利も、大して問題にならないでしょう。
しかし、国庫補助の決定前に地方が勝手に事業に手を付けると、
国からの補助金がもらえないというのが、今の制度ですから、市の
思いのままやるわけにはいきません。
公共事業のスピードアップは、とても大切なことです。ただ、実
際の工事に時間がかかるのではなく、前段階の手続きに時間がかか
っている現状は、何とかしたいものです。
市議会と理事者の在り方についても触れてみたいと思います。
市議会で議決していただかなければならない案件は、条例や予算、
決算認定、金額の大きな契約の締結、議会承認人事などが挙げられ
ます。この中で、例えば、決算の認定について、議会の認定が得ら
れなかった場合、決算の効力そのものには直接影響は及ばないので
すが、予算を執行した理事者の政治的責任はどうなるのか・・・。
また、監査委員(長野市では、市議会議員2人、識見を有する者
2人)の監査では適切とされた決算であっても、議会では「認定し
ない」と判断する場合もあるわけで、これは、監査委員が財務に関
する事務の執行と経営に関する事業の管理について、その合法性や
財政運営の効率性、経済性などを監査するのに対し、議会では政策
的な判断が加わるなど、視点の違いによるものでしょうが、市民の
皆さんには分かりづらいと思います。
次に、直接請求制度に関してです。
有権者の2%以上の署名を集めれば、首長に対し条例の制定や改
廃を直接請求できるというもので、このことについては、9月1日
配信のかじとり通信でも、「市役所第一庁舎・長野市民会館の建設
の是非を問う住民投票条例」制定を求める直接請求についてお話し
しました。直接請求制度自体は必要な制度だと思いますが、住民投
票という地方自治にとって重く大きな条例発案までも、有権者の2
%以上の署名があれば直接請求できるというこの規定はどんなもの
でしょうか。いかにも軽すぎます。論理的には署名が集まれば繰り
返し直接請求できると考えられますし、これでは、安定した行政運
営ができません。発案には少なくとも有権者の20%程度の署名は
必要ではないでしょうか。1桁小さいと感じています。
住民投票の実施に当たっての具体的な方法などが法律に書かれて
いないことも問題です。どんな場合に住民投票ができるのか、どん
なテーマで行うのか、投票に要する費用は誰が負担するのか、条例
案の周知をどうするのか、反対運動は可能なのか、同じテーマで再
度賛否を問うことは可能なのか、署名活動のやり方のルールはどう
すべきか、どのくらいの投票率を成立要件にすれば良いのか、既に
市民の代表である首長と議会が決定したテーマを扱うことは可能な
のか。また、単なるポピュリズムに陥る恐れはないのか。悩ましい
問題です。
県内においても、佐久市の総合文化会館計画や小諸市役所庁舎と
県厚生連小諸厚生総合病院の併設案に係る住民投票のように、首長
が提議して住民投票を行うという話はありましたが・・・。
いずれにしろ、二元代表制を補完するのが直接請求制度ですから、
どうあるべきかをもっときちんと法律で定める必要があると思いま
す。
次に、選挙制度についてです。
平成の大合併により市域が広がり、その中で住民の声をどう聴い
ていくかが大きな課題と感じています。長野市では市内全32地区
に設立された住民自治協議会が軸となり、「自分たちの地域は自分
たちでつくる」という理念の下、新たな自治の仕組みづくりを進め
ています。
一方、従来からの自治の仕組みである、選挙制度の改革も必要で
はないでしょうか。
特に、政令指定都市では区の区域が選挙区となるように、中核市
以下の市でも選挙区を設けることを容易にしてはどうでしょうか。
例えば、1人2票にして、市内を小選挙区に分けて選出される議
員と、市域全体から選出される議員を別々に投票するのはどうでし
ょうか。定数や区割りをどうするかなど課題はあるでしょうが、地
域住民の声を市議会により届けるために、そんな改正にも取り組ん
でみたいものです。
選挙制度についていえば、衆議院議員選挙の「1票の格差」是正
の動きが盛んに報道されていますが、公職選挙法そのものにも問題
が多いと感じています。
選挙運動における「インターネット利用」や「戸別訪問」の是非、
「禁止される事前運動の定義」なども問題点として検討されるべき
です。
併せて、全ての選挙について言えることですが、特に市レベルの
選挙における投票率の低下は大変危険な兆候です。このことは、選
挙結果が必ずしも民意を正しく反映していないとも考えられます。
市長就任後、姉妹都市であるアメリカ・フロリダ州クリアウォータ
ー市を初めて訪問した時、長野市長選の投票率が40%台で困った
と申し上げましたら、「それは上出来。クリアウォーター市では
30%に届かない」と言われ、びっくりしました。ある意味、投票
率の低下は、世界的な傾向なのかもしれません。しかし、アメリカ
大統領選挙などは、結構投票率が高いのですから、全ての選挙で投
票率が低いということではないようです。
地方自治体の選挙には、間接選挙を採用するとか、電話やインタ
ーネットなどによる投票とか、何か抜本的な対策を考える必要があ
ります。投票は「権利」と見みるか「義務」と見るかでも状況は変
わると思います。
農地法の改正も重要です。確かに農地を守らなくては、将来の食
料生産が心配になることは事実ですが、荒廃農地がこれだけ増えて
しまったのに、その対策は迷走していると言ってよいでしょう。施
設や建物の中で、農作物ができる時代です。法律を変えても良いの
ではないでしょうか。
農地を宅地などに用途変更する場合は、原則として国や県の許可
が必要です。最近話題のメガソーラー施設の建設候補地として長野
市が県に申請した土地には、荒廃農地が含まれていました。耕作は
放棄されていても農地には規制がかかるため、選定からは外れてし
まいました。
現地の実情は、市町村と市町村農業委員会が把握しているわけで
すから、それぞれ地域ごとの土地利用については市町村の意向を尊
重し、農地転用や農用地区域(青地)の除外などの権限を市町村に
任せるべきではないでしょうか。青地・白地(青地以外)といった
区別は、土地改良事業で農業生産力向上のために国や県が補助金を
出していた名残でしょう。
農地の有効利用については、今以上に地方自治体に任せていただ
き、その代わり、市町村は国に必要な農地面積の確保を約束する、
あるいは食料の目標生産の量を設定するというのは、どうでしょう
か。
所有者の分からなくなっている土地の問題についても困っていま
す。法務省や司法関係の人と話をする際には常に申し上げているこ
とですが、特に中山間地域の土地については相続登記が行われてい
ない場合が多く、3世代、4世代ぐらい経過すると、法的な相続権
のある人がどんどん増えてしまいます。極端な例を挙げれば、公共
事業で必要な土地を購入するために、ブラジルまで印鑑をもらいに
行ったという話もあるようです。こうした問題は、今後中山間地域
だけでなく、空洞化が進む都市部でも発生する可能性があると思い
ます。
所有者の分からない土地については、裁判所に土地代を供託する
ことにより所有権を行政に移すことが一番良い方法のように感じて
います。
話は違いますが、土地などの収用も、もう少し簡単にできるよう
にしたいものです。土地は個人の財産ですが、公共の用に供する場
合には、誰か別の人の土地で代替できるというものではないのです
から、その土地の提供は国民の義務といえるのではないでしょうか。
以上、国や県に物申す形ではありますが、より良い市政運営のた
めに主張していきたいと考えています。
もう少し今日的な話については、後日、3期目の折り返しを迎え
て(その3)として書きたいと思います。