2006年5月11日木曜日

戸隠、鬼無里へ


 5月1日、戸隠に視察に出掛けました。
 初めに「戸隠昆虫自然園」を訪問しました。この自然園は、山口
文男さんが個人の力で設置したもので、前から話には聞いていたの
ですが、行ったことはなく、どこにあるかも正確には知りませんで
した。山口さんは市内で長く司法書士としてお勤めになり、現在は
長野市選挙管理委員長もお勤めいただいている方で、私とは青年会
議所時代から30年来の古いつきあいです。

 山口さんは、50代半ばになったとき、息子さんが司法書士事務
所を継いでくれて、ある程度自由な時間を得たので、自分は生涯の
趣味である「蝶」とつきあっていこうと決意されたそうです。ご自
身が旧戸隠村出身だったこともあって、当時の戸隠村に相談され、
以来市内での仕事(選挙管理委員会や司法書士の仕事)の傍ら、昆
虫自然園の建設に努力してこられたとのことです。

 場所を選定し、土地の取得からはじめ、現在、敷地は約2ヘクタ
ールとのことです。既にログハウス造りの幾つかの建物が整備され
ていますが、大部分は自然観察路で「整備された原野」という感じ
で、蝶の好きな植物、あるいは卵を産み付ける植物を育て、そこに
蝶が舞っている、山からの雪解け水が流れる小川が敷地内を流れて
いる・・・うまく表現出来ませんが、その風景は私が子供の頃、近
くの里山にあったものでした。一般公開は平成8年からで、子供た
ちを中心に年間5千人ほどの見学者があるそうです。

 山口さんの収集された蝶が展示されている標本展示館、生態飼育
館、研修棟、そして山口さんが作業に来られたとき泊まる管理棟・
・・等がありました。展示館の中には、山口さんの「お宝」と言っ
てもよい標本が並んでいました。

 自然園全体に山口さんの思いがこもっていて、よく一人で作り上
げたものだと感心しました。私の訪問中、田中さんという仲間の方
も訪ねてこられ、一緒に2ヘクタールの山地を歩き、蝶や草花、樹
木の話を聞きました。私は蝶や草木については、全くの門外漢でし
たが、約19年間の山口さんの努力に文句無く脱帽でした。

 山口さんがご自分の心境を語った文章がありますので引用させて
いただきます。
『山野を駆けめぐった昆虫少年も、やがて司法事務所を開設して、
日本の高度成長期を夢中のうちに過ごした。息子が事務所を継ぐこ
とになり、改めて信州戸隠の故郷をみつめた時、ふるさとの緑がま
ぶしく映え、幼少期の自然への思いをよみがえらせてくれた。これ
がこの地に昆虫自然園をつくろうと思ったきっかけとなったのであ
る。』
 管理棟のベランダで、眼前に広がる戸隠連峰を見ながらお茶をい
ただいて、苦労話をお聞きしました。

 バードラインに沿った場所にあるそば博物館「とんくるりん」で
昼食。ここは旧戸隠村が整備した施設ですから、現在は長野市の施
設ということになります。館長の説明を聞きながら、そば博物館を
見学して、お客さんの入りを気にしながら、また、そば打ちをやっ
ている方々を横目に、昼食のそばに舌鼓を打ちました。

 「とんくるりん」をあとに戸隠水源地の視察をしました。旧戸隠
村時代(大正4年)から長野市の水源地となっているもので、現在
は飯綱、芋井地区に給水して、往生地浄水場に入っており、主とし
て長野市の善光寺周辺地域の給水を担当しています。合併前の戸隠
村長さんが私の所へ来られた時、われわれの先輩は戸隠の一番良い
水を長野市に売ってしまって・・・と嘆いた水源です。

 続いて戸隠牧場方面へ。まず牧場に隣接するガールスカウトの施
設を見学しました。ガールスカウト日本連盟の石井会長、北野事務
局長(文部省出身とのこと)のお話を伺い、施設を見学しました。
宿泊施設もあって、ガールスカウトの教育の場としては立派なもの
です。また、ここはガールスカウトの会員であられた善光寺大本願
のお上人様が、度々訪問されていることは以前から承知していまし
たが、敷地内の少し奥にゆかりの「祈りの森」があるということで
した。

 戸隠牧場とキャンプ場を視察しました。戸隠牧場は、明治42年
に村が国有林150ヘクタールを借り受け牧場を開設しましたが、
昭和17年に食料増産の畑にするために閉鎖しました。戦後の昭和
24年に組合立の牧場として再開しましたが、運営が困難となり、
村に107ヘクタールが移管になったことを契機に村営牧場として
昭和27年に開設し、現在は市営牧場となっています。全体面積は
国有林28ヘクタールを含む135ヘクタールとなっています。
 子供の頃、私も何度かキャンプをした記憶がよみがえり、懐かし
くなりました。当時とあまり変わったという印象はなく、よく管理
されていると感じました。ただ今年は雪が多く、キャンプ場の稼ぎ
時の連休になっても雪が残っており、まだキャンプ客が大変少ない
ので経営的には苦しいとのこと・・・確かにまだ雪がありましたが、
その中でテントを張っている方もいらっしゃいました。

 続いて戸隠森林植物園へ。ここは昭和39年、東京オリンピック
の年に国と県によって整備され、県の施設については、市がその管
理を委託されているもので、その後いろいろ改修されたようですが、
森林学習館の内容などはなかなか立派です。周りの森林は、前に歩
いた記憶がありますが、学習館は初めてでした。これならリピータ
ーも期待できる施設かなと思いました。

 続いて鏡池へ。鏡池は戸隠一の景観ですと案内してくれた支所職
員が話してくれましたが、確かに鏡池の向こうに戸隠連峰が迫って
くる景観は圧巻です。今年はまだ寒いせいか、人出は少ないようで
す。

 そのあと、緊急地方道路整備事業として行っている市道中村田頭
線の拡幅工事予定の現場を視察し、道路予算の必要性を痛感させら
れながら、市街地に戻りました。

 翌2日は鬼無里へ、奥裾花自然園の開山祭に招待されました。途
中、今年1月7日に大雪の視察に来た土倉地区を川の反対側から見
ましたが、あの大雪は跡形もなくなっていました。あの雪の中で、
これから消火栓を掘りに行くとおっしゃった地域のおばあさんの姿
を思い出しました。

 大雪の影響はいろいろな所で感じられました。裾花川の濁流がす
ごい勢いで流れていました。この流れの先が「夏目ヶ原浄水場」に
入るわけで、あの濁流がきれいな水道水に浄化されるのは、なんと
も不思議な気持ちでした。途中の岸壁には、雪解けの水を集めて、
たくさんの滝が出現していました。見事な景観です。流れの周りに
は崩れた場所も何カ所かありましたし、道路工事をやっている場所
もありました。長野市の中山間地には、崩れやすい地層もあるので、
住民の生活を守っていくことは大変であるということも改めて実感
させられました。

 奥裾花自然園は、ご存じの通り日本一の水芭蕉の群生地ですが、
今年は雪のせいかまだ小さく、見ごろは5月半ばであろうとのこと
でした。

 風間市議会議員(前村長)の話によると、この水芭蕉が発見され
たのは、昭和39年だそうで、それをきっかけに鬼無里観光協会が
結成されたそうです。その協会(現在は、鬼無里観光振興会)を中
心に、開山祭を毎年行ってきて、今年で40回目とのことでした。
今年の5、6月は千葉県の中学生の団体が鬼無里を訪れ、民泊しな
がら「ぶな」の植樹をする予定となっているそうです。

 この2日間、戸隠、鬼無里を駆け足で見てまわりました。きっか
けは、山口さんの自然園の訪問でしたが、それにあわせて、両地区
の諸施設や行事を組み合わせてもらって、のんびり・・・とはいき
ませんでしたが、良い勉強をさせてもらったと思っています。皆さ
んもぜひ長野の奥座敷を楽しんでください。