2012年3月15日木曜日

良き本との出会い


 中谷巌(いわお)さんの本に出会ってから、これまで多くのこと
を勉強しています。自分の考えを変えざるを得ないなあと感じたこ
とが何度もあり、かじとり通信でも幾度か引用させていただきまし
た。今回は、中谷さんの本について、少し踏み込んで紹介します。

 中谷さんの経歴ですが、一橋大学経済学部卒業後、日産自動車株
式会社勤務を経て、ハーバード大学に留学し、博士号を取得。一橋
大学教授、多摩大学学長などを歴任。現在、三菱UFJリサーチ&
コンサルティング株式会社理事長、多摩大学名誉学長、一橋大学名
誉教授です。
 また、細川内閣の経済改革研究会委員、小渕内閣の経済戦略会議
議長代理、ソニー株式会社取締役会議長を歴任され、オーストラリ
ア国立大学名誉法学博士でもあります。
 この経歴を拝見して、ただ者ではないと思いました。学者の世界
で一流を極め、政府の経済政策面にも大きな影響を与えた実績は、
私のような素人から見ると、文字通り輝ける日本人でしょう。

 今回紹介する本は、次の3冊です。
「資本主義はなぜ自壊したのか」(集英社インターナショナル・
2008年出版)
「日本の『復元力』-歴史を学ぶことは未来をつくること」(ダイ
ヤモンド社・2010年出版)
「資本主義以後の世界」(徳間書店・2012年出版)

 お会いしたことはありませんが、それぞれその内容に魅了されま
した。特に、最初に紹介した「資本主義はなぜ自壊したのか」を読
んだ時の衝撃は、とても大きいものでした。
 まず、中谷さんの評論は極めて正直であることです。この本の冒
頭で、ご自分がグローバル資本主義、すなわち規制緩和や市場開放
といった大きな改革を目指し、政府の委員などを務め、いわゆる
「小泉構造改革」の一翼を担ったが、どうもそれは間違っていたと
いうことを率直に認めておられます。

 次の「日本の『復元力』-歴史を学ぶことは未来をつくること」
でも、「戦後の日本人は自らの育った国の歴史を忘れ、歴史から遊
離した宇宙人のような抽象的な存在になることによって、(略)
『軸』や『ルーツ』を喪失してしまった。(略)私自身、一時はこ
のような誇りを忘れた戦後教育の犠牲者であった。つい最近に至る
まで、日本の歴史を知らず、日本の文化・文明を語れず、日本人の
美意識の繊細さに感動することもろくになかった。恥ずかしい限り
のアメリカかぶれ人間であった」と書いておられます。
 
 世の中には、評論家のような人がたくさんおられ、それぞれ一家
言を持ち、それなりに納得できる文章をお書きになるのですが、
「自分は間違っていた。世論や政策をミスリードする片棒を担いで
しまい、申し訳なかった」などという意味の発言をされる人には、
あまりお目にかかったことがありません。「自分は絶対に正しい」
という立場で、自分の論理を主張され、いつの間にか少しずつ中身
を変えて、「前に言ったように・・・」なんて言っておられるよう
な人が多いと感じています。

 議論の進展に伴い、考え方が変わることは仕方のないことですが、
その結果、過ちに気付いた時には、間違っていたと謝る姿勢が大切
だと思うのです。自民党は、現在の民主党の政策が、そのマニフェ
ストと全く違っているのだから、まず民主党は、謝るべきだと主張
しています。誰でも良かれと考えて仕事をしているわけですが、神
様ではないのですから、間違いは誰にでもあります。素直に間違い
を認めて、方向転換すれば、それで終わりだと思います。ところが、
政治家は責任を取れ、辞めろと言われるので、謝れないのでしょう
か・・・。先日ある全国紙を読んでいたら、「政治家は絶対に謝っ
てはいけない」という論がありましたが・・・。私は、全く反対の
考えです。

 中谷さんの本の中で、一番印象に残ったのは、「資本主義はなぜ
自壊したのか」にある還付金付き消費税の提案です。消費税の逆進
性を克服するこの考え方に感心して、以前かじとり通信でも紹介さ
せていただきました。日本の財政は確かに危機的であり、何とかし
なくてはなりません。無駄を省けという議論は正論ですが、問題を
先送りしているだけでは解決できないのではないか。財政危機を克
服するには消費税の増税しかない。還付金付きにした上で消費税を
上げることこそが一番大切です。それも、所得水準なんて考えずに、
全国民に還付金を配ってしまうというのは、良いことのように感じ
ています。
 所得が低い人に還付金を配ることはもちろんですが、中間層にも
配るべきです。いや、大金持ちにも配りましょう。需要が必ず盛り
上がり、デフレ克服のきっかけになるような気がします。所得の二
極分化が起こってしまっていることが、日本の衰退を招いているわ
けで、分厚い中間層を復活させ、一億総中流意識を再度醸成するこ
とが大切という議論にも賛成です。

 しかし、その後、三橋貴明さんの本「2012年 大恐慌に沈む
世界 甦(よみがえ)る日本」を読んで、少し考えが変わったのも
事実です。消費税の増税には、そのタイミングを慎重に計る必要が
あり、大規模な公共投資と一緒に行う方法もあるというのが今の私
の考えです。これについては、2月2日付けのかじとり通信でも書
かせていただきました。

 3冊目の「資本主義以後の世界」では、「『脱原発』を基本にし
て、再生エネルギーの開発に全力を注ぐ。太陽光発電や風力発電、
地熱発電、バイオマス発電(略)などに対しては惜しまず税金を注
ぎ込む。そして、日本を世界トップの『再生エネルギー大国』にす
る。それが『文明の大転換』の基本になる」とおっしゃっています。

 その一方で、中谷さん自身、「やや論理的に分裂気味になる」と
矛盾を指摘しながら、次の提案をしています。「私の提案は、2基
でも3基でもいいから日本に原子力発電所を残す必要があるという
ものだ。(略)それは国営の機関が採算性を度外視して運営・管理
しなければならないだろう。(略)世界最高水準の超堅牢(けんろ
う)な原子力発電所をつくり、それを厳重に国家管理する。同時に、
原子力開発・核の研究は続け(略)原子力発電で出るプルトニウム
は慎重かつ厳重に蓄積・管理する」と、安全保障の観点で、原子力
技術から一切手を引いてはならないとおっしゃっています。

 中谷さんは、「アポリア」(解決の糸口を見いだせない難問)と
しながらも、脱原発の方向へかじを切ったように見えますが・・・。
 つい最近の新聞の「日本よ」というコラムの中で、石原慎太郎東
京都知事は、「われわれがいかなる生活水準を求めるのか、それを
保証するエネルギーを複合的にいかに担保するのかを斟酌(しんし
ゃく)計量もせずに、平和の内での豊穣(ほうじょう)な生活を求
めながら、かつての原爆体験を背に原子力そのものを否定すること
がさながらある種の理念を実現するようなセンチメンタルな錯覚は
結果として己の首を絞めることにもなりかねない」と言っておられ
ます。
 中谷さんの本の内容とはかなり違いますし、正反対でしょうね。
原発については、まだまだ情報も議論も足りないと思っています。

 また、現代社会の諸問題を生み出す源について中谷さんは、「近
代以前の人間は、(略)『贈与』という行為を通じて人と人とのつ
ながりを生み出す『社会』もしくは『共同体』をつくり上げ(略)
てきた。現代人は『贈与』の精神を忘れ、市場を通じた『交換』こ
そが人間を幸せにすると錯覚したのである。だから『社会』が荒廃
し、文化が廃れていく。資本主義が大きな壁にぶちあたり、新たな
フロンティアを見いだせないということ(略)の根源にある問題は、
『贈与』の精神を忘れたということにあるのではないだろうか」と、
言及しています。そして今、「贈与」の精神とともに失われつつあ
るのが、「慈善」の精神ではないでしょうか。「権利としての福祉」
という言葉を耳にしますが、現代社会の諸問題を考えるとき「贈与」
や「慈善」の精神を忘れては語ることができないでしょう。

 中谷さんは、その他たくさんの提案をしています。
 「グローバルスタンダードで日本人は幸せになったか?」という
テーゼ(命題)は印象的でした。「TPP(環太平洋経済連携協定)
では、日本は救えない」「『農業の復活』に賭けるべきではないの
か」といった提案や論点も掲げておられます。

 私の力では、本の全体像を紹介することは、とてもできるもので
はありません。しかし、歴史に対する造詣の深さ、宗教や文化の話
は、現在の閉塞(へいそく)感を打ち破る具体的な話として、大変
感激しました。皆さんも、一度読まれてみてはいかがでしょうか。

 中西輝政さんの「なぜ国家は衰亡するのか」(PHP新書)も示
唆に富んだ本です。
 ギリシャ・ローマの興隆衰亡を概観しながら、大英帝国の衰退の
歴史になぞらえ、今の日本の現状を述べておられます。

 渡部昇一さんの史観も傾聴に値すると思います。少し古い本です
が「歴史の読み方-明日を予見する『日本史の法則』」(祥伝社ノ
ン・ブック)では、私たちが受験勉強で学んだルソーの知性万能主
義・社会契約説の誤りについて、分かりやすく解説されていました。

 「日本人とユダヤ人」(山本書房)をはじめ、日本人の考え方を
鋭く、そして説得力のある分析をしている山本七平さんの本は、私
の座右の書です。「人間集団における人望の研究 二人以上の部下
を持つ人のために」(祥伝社)では、「人望」と「人気」は別のも
のであり、リーダーに必要な資質は、「人気」ではなく「人望」と
定義されています。人と人との強い信頼関係を築けるかどうかの違
いだと理解しています。

 行政に取り組んでいる者として、理論はきちんとまとめておかな
くてはなりません。
 しかし、思想家でも学者でもありませんから、全く固有の理論を
つくり上げることは難しいですし、そのような理論は、他から見れ
ば、独り善がり!と言われてしまうのが落ちでしょう。
 そこで私は、いろいろな方の本を読んで、これはと思う部分を引
用させていただき、自分の意見にしています。ちょっと、ずるいか
もしれません。