2008年5月29日木曜日

教育の常識に挑戦か


 先日、長野市校長会と長野市PTA連合会の総会が行われました。
校長会では、市立の小・中学校77校および市立長野高校の校長先
生をはじめ、ろう学校など市内にある県立の特別支援学校の校長先
生にもご参加いただきました。PTA連合会の総会に出席されてい
たのは、市立の小・中学校と信州大学附属長野小・中学校、市立長
野高校のPTA会長さんや役員の皆さんです。それぞれ内容は異な
るのですが、市長としてお話しさせていただく時間をいただきまし
た。
 以下は、その時にお話しした内容をもとに加筆したものです。

 教育について議論すると、100人いれば100通りの意見があ
ると言われています。従って、考え方や方向性を一致させるのはか
なり難しいといつも感じています。
 一昨年、教育基本法が改正されました。これを受けて教育三法、
そして学習指導要領も改正されました。これらについては、改正の
過程を聞いたり、あるいは、先日、NHKテレビで放映された討論
番組を見たりもしました。私の印象としては、議論は白熱していた
のですが、これからの教育の方向性が固まったとは思えませんでし
た。

 戦後60年余り、改正前の教育基本法の下で教育は行われてきた
のですから、法が変わったからと言って、簡単に新しい形が出てく
るとは思えません。長い試行錯誤が続いて、徐々に変わっていくも
のなのではないでしょうか。

 昨年のことですが、『週刊文春』の2月1日号に学習院名誉教授
の川嶋優氏(皇太子殿下の恩師、元学習院初等科長)の講演内容に
関する記事が掲載されていました。現在の教育の盲点を突いた、と
いうより本音を語った文章で素晴らしいと感じましたので、校長会
とPTA連合会の総会で紹介させていただきました。その内容を転
載させていただきます。

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 「子どもをだいじに育てよう」

 いま教育界で流行(はや)っている三つの“怪しげな言葉”に惑
わされてはいけない。
(1)子供の“個性”を大事にしよう
(2)親の“価値観”を子供に押し付けるな
(3)初めから教えず、子供の“思考力”を尊重しよう

 三つとも格好のいい言葉ばかりですが、そんな理屈では子供は育
たないのです。

 大人だって、自分の個性がわからないのに、子供の個性を見抜く
ことなんかできません。
 価値観だって、「こういう人間になってほしい」という思いで、
親が善いことと悪いことをはっきり子供に押し付けることができな
ければ駄目。
 思考力といっても、子供の頭や心に材料がない状態で考えろ、と
言っても無理。

(さらに)

 「叱(しか)るのはいいけれど、怒っちゃいけない」なんてもっ
ともらしいことを言う人もいますが、子供を叱るときは、感情をい
っぱい見せて怒らなくてはいけない。
 小学校に入る前の段階で、子供がわがままを言った時に「なぜい
けないのか」を納得させたり、人にきちんと挨拶(あいさつ)しな
ければならない理由をわからせるのは無理です。
 理屈は後回しにして、「それはいけないこと」「挨拶はするもの」
だと教えればいい。

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 これは、この記事を読んだとき、感激したものですから、自分の
パソコンに記録しておいた文章です。文字などに多少間違いがある
かもしれませんがお許しください。この川嶋名誉教授の意見を、皆
さんはどう思いますか?

 現在の教育の流れ、あるいは表面的に言われていることと比べた
場合、「正反対だなあ!」と思われませんか。そして、誰しも心の
底ではそう感じていて、でも口に出しては言いにくい・・・そんな
感じではないでしょうか。
 心の中では、どうお感じになっていたかは分かりませんが、懇談
会の席では校長会の先生方からも、おおむね「その通り」といった
感想をお聞きしました。

 私事で恐縮ですが、もう30年ぐらい前になるでしょうか、私は
自分の3人の子どもたちに対し「自分が稼いで生活できないうちは、
親の言うことを聞け!一人前になったら自由にやってもよいが、親
掛かりのうちは駄目!」ということで通してきました。子どもたち
には不満があったかなと思いますが、絶対に譲りませんでした。こ
れが良かったのかどうか、多少不安もあったのですが、川嶋名誉教
授の講演の記事を読んで、まさに「わが意を得たり!」の気分でし
た。

 「三つの“怪しげな言葉”」というのは、考え方としては3つと
も正論に聞こえますから、なかなか反論しにくいのですが、権威の
ある方に言っていただくと、みんなホッとするのではないでしょう
か。

 では、具体的にはどうすればよいのかということですが、子ども
の年齢によって違うのだろうと思います。中学生ぐらいまでは、生
きていくために必要となる基礎的なことを学ぶ時期です。故に、川
嶋名誉教授のおっしゃる通り、親や先生、あるいは社会は、子ども
に対して理屈ではなく、押し付けでもいいからきちんとした基礎学
力、社会常識を教える・たたき込む、ということが必要になるので
しょう。常に一貫した考え方で子どもを指導する、ということが大
切だと思うのです。「子は親の後ろ姿を見て育つ」といいますが、
親がしっかりした姿勢を持つことが大切だと思います。

 これも本を読んでの話ですが、経済学者である専修大学名誉教授
の正村公宏氏は、「小学校と中学校の教育の最も重要な目的は、学
科試験によって選別することではなく、社会の中で生きていく能力
を身に付けさせること、むしろ、自ら社会を構成する主体となる力
を身に付けさせることである」と主張されています。
 川嶋名誉教授の論に比べて、若干抽象的ではありますが、言おう
としておられることは似ていると私は思います。

 応用教育や専門教育、あるいは自主性や自己の確立といったこと
などは、高校、大学に入ってからで十分なのかもしれません。基礎
学力、社会常識をまず鍛えよ、鉄は熱いうちに打て・・・というこ
となのでしょうか。

 少し話題がそれてしまうかもしれませんが、そうは言っても親の
立場とすれば、優秀な学校へ、そして良い就職を・・・と望むのは
無理もないわけです。ご家庭によっては、子どもが小さいうちから
塾に通わせたり、進学校といわれる学校では、授業の進行を早めて
受験に備えたりもしているのですから、川嶋名誉教授や正村名誉教
授がおっしゃるようなことだけでは、満足されないかもしれません。

 最近の新聞の囲み記事にも、大学の価値は卒業生の就職先で決ま
る、というような記事がありました。少子化により、大学全入時代
を迎え「大学冬の時代」と言われる中ですから、子どもの将来への
的確な道しるべ、そして卒業生への的確なフォロー・・・要は具体
論ということでしょうが、現代の大学にはそんなことが必要になっ
ているようです。

 私は、教育の専門家ではないので間違っているかもしれません。
しかし、教育にかかわらず、現代における社会的な現象についての
理屈や理念、あるいは耳に優しい言葉などは、おおむね分かってし
まっているのではないでしょうか。皆さん同じようなことをおっし
ゃり、誰も反対できない・・・。しかし具体論になると、なかなか
そうはいきませんし、反論も出てきます。

 川嶋名誉教授の話を聞いて、「その通り」と感嘆しても、具体的
にはどうするのか。やっぱり難しいですね。良い学校に入って、良
い就職をしたい、一般的には目標の重点はどうしてもそちらに行っ
てしまう、当然の話です。

 実はその後、『週刊文春』の記事だけでなく、川嶋名誉教授が単
行本を出しておられることが分かり、購入して読んでみました。
 『子どもは若殿、姫君か? 現代教育批判』という題名の本です。
本の帯だけご紹介しますと、「教えなさい。躾(しつけ)なさい。
怒りなさい。押し付けなさい。今の教育、学校と若者の問題の原因
は親にあります。親のそのまた親にあります。誤った育児論・教育
論にあります。」とあり、ご紹介した「子どもをだいじに育てよう」
の内容を詳しく親切に、そして分かりやすく書いてありました。
 本屋さんでの立ち読みで読めてしまいそうな、すぐに読める本で
す。価格は1,050円でした。長野市立図書館でも貸し出しをし
ていますので、ご一読をお勧めします。

 今回の話は、教育委員会の専権事項に踏み込んでしまったような
気もします。加えて、まとまりのない話になってしまいました。お
許しください。