2008年5月22日木曜日

聖火リレーについて


 4月26日、長野市で北京2008オリンピック聖火リレーが行
われました。この出発式で、私は聖火リレー開催都市の市長として
あいさつをさせていただきました。私が申し上げたことについては、
幾つかの新聞では取り上げていただきましたが、改めて以下に掲載
させていただき、これをもとにして、私なりに聖火リレーを総括し
てみたいと思います。

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「北京2008オリンピック聖火リレー/長野」出発式 市長あい
さつ

 10年前の1998年2月7日から16日間にわたって、平和と
友好のシンボルである「聖火」が燃えさかり、「愛と参加の長野オ
リンピック」が開催された、ここ「長野」の地に、再び「聖火」を
迎えることができ、感慨深いものがあります。
 長野オリンピックでは「平和と友好の祭典」を基本理念に据えて、
ピースアピール活動を展開し、呼び掛けに応える大きな輪が全世界
に広がりました。
 平和の実現は、世界のすべての人々の切なる願いであり、スポー
ツを通じて相互理解と友好の精神を養い、平和でより良い世界の建
設に貢献するという、オリンピック精神そのものであります。

 北京2008オリンピック聖火リレー/長野の出発に当たり、こ
こ「長野」から、再び全世界に向け、「世界平和と国際友好」の願
いを込め、国連総会において採択された「世界人権宣言」の第一条
を朗読し、多くの人々により引き継がれてきた「聖火」を、次のリ
レー地、韓国・ソウルにつないでいきます。

(世界人権宣言 第1条)
 すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権
利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、
互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。

All human beings are born free and equal in dignity and
rights.They are endowed with reason and conscience and
should act towards one another in a spirit of brotherhood.

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 今回の聖火リレーには、国際的にも難しい微妙な問題が含まれて
いたため、あいさつを考えるに当たっては、かなり頭を悩ましまし
た。
 この聖火リレーは、JOC(財団法人日本オリンピック委員会)
から推薦をいただいたことにより、日本国内唯一のルート地として、
長野市で実施することになったのです。長野市とすれば、10年前
に冬季オリンピックを開催した都市として、聖火を無事につなぐこ
とが責務だと考え、お引き受けすることにしました。
 しかし、チベット問題を含む中国国内の人権問題については、日
本国内でも批判的な意見が多くなり、矛先が聖火リレーに向けられ
るようになったのです。長野市として、人権問題に対する何らかの
姿勢を示すべきであるとのご意見もいただく中で、どのような意思
表明が可能か・・・。出発式には、北京オリンピック組織委員会の
代表や中国大使も出席することになっていました。
 このあいさつは、そんな微妙な立場を考えた末、教育委員会と議
論をする中から出来上がったものです。中国も日本も認めている国
連の「世界人権宣言」を引用することにより、何とか長野市として
意思表示をすることができたかなと思っています。

 開催間際の段階になり、善光寺さんが自らの意思として、聖火リ
レーの出発地を辞退されました。これはこれで良かったと思ってい
ます。長野オリンピックが善光寺さんの鐘の音から始まったことに
かんがみて、もちろん長野市とすれば、聖火リレーをお引き受けし
た時点から、善光寺さんを出発地とすることを考えていたことは事
実ですし、長野市民の皆さんも当然そうだと感じていたと思います。

 ただ、チベット問題に対する中国政府の対応が、海外で大きく取
り上げられ始めたのは、想定外の事態でした。長野市に対してだけ
でなく、善光寺さんへも、チベット問題に関連して、いろいろなメ
ール、ファクス、あるいは抗議活動などがあり、善光寺さんとすれ
ば、参拝客や大切な国宝を守る立場からも、辞退せざるを得なかっ
たのだと思います。

 報道により知ったことを含め、聖火リレーに関する私の総括は、
次の4点にまとめられます。

(1)長野市での聖火リレーは、全行程にわたって、大きな事故・
  混乱はなく、粛々と行われたと考えています。・・・数人のけ
  が人、逮捕者が出たりしたことは残念でしたが、少なくとも長
  野市民は冷静だったと思っています。

(2)オリンピック開催都市として、国際的な責任を果たしたいと
  いうことはもちろん、聖火を大切に思う長野市民の気持ちは、
  十分とは言えないまでも表明できたと思っています。・・・残
  念ながら、10年前のような温かい、そして楽しい雰囲気から
  は遠かったのですが、沿道には中国の方に混じって市民の姿も
  多く見られ、声援を送っていただきました。

(3)日本(長野)は“人権”“表現の自由”を大切に考えている
  ということを、世界に発信することができ、誇りに思っていま
  す。・・・事前活動を含め、チベット関連団体、中国政府の姿
  勢や北京オリンピック開催に反対する団体・・・他の団体と同
  様に、これらの方々の意見表明も一切規制してはいけないと考
  え、多少の行き違いはありましたが、活動場所を借りたいとい
  う申し込みなどについては、条例に反しない限り、市では許可
  しました。長野県や長野県警でも許可したようですから、実際
  にチベットの自由を主張する団体などの集会やデモ行進も行わ
  れていました。言論の自由の擁護を目的とした非政府組織であ
  る「国境なき記者団」も特に問題無しと評価。その意味では、
  善光寺さんが自らの意思で出発地を辞退したことも、結果とし
  て良かったと思っています。

(4)今回の聖火リレーは、政府、JOC、長野県、長野県警、長
  野市の連携なくしてはできませんでした。そして、何よりも、
  応援していただいた市民やボランティアの皆さん、80人のラ
  ンナーの皆さんの参加があってこそ実施できたのです。これら
  すべての方々に、心から感謝申し上げます。

 聖火リレーが終わり、その翌日、会う人皆さんから、「良かった
ですね」「ご苦労さまでした」と、ニコニコ顔でのあいさつをいた
だきました。私の女房が買い物に行った際にも、みんなに「無事に
終わって良かった!良かった!」と言われたそうです。「私は直接
関わっていないのに・・・」、なんて言いながら喜んでいました。

 中国の結束力、パワーはすごいですね。あの日、街中が赤い中国
の国旗で埋まってしまったような錯覚を覚えました。でも、あのよ
うにたくさんの旗を見て、抵抗を感じた方も多かったのではないで
しょうか。中国の国旗に混じって、日本の国旗、五輪旗がもっと多
くみんなの目に映ったら良かったのに・・・と思いました。

 聖火リレーが終わってから、どこの放送局か忘れてしまいました
が、テレビ番組でこの問題の討論会のようなことが行われていまし
た。日本人の発言も含めて圧倒的にチベットに同情的な論調が多か
ったようです。その中で、中国人の女性が、「自分は中国の少数民
族、でも差別など受けていない、中国はすべての少数民族を同じよ
うに扱っている」と強調しておられました。
 きちんと聞いていたわけではありませんから、正確ではないかも
しれませんが、これを聞いて私は、「中国としてはこの女性の言う
通りなのだろう。でも、地方分権(自治)が行われていないのでは
ないか。あの大きな国を一律に統治しようとすることが、無理なの
だろうな。中国にもう少し余裕ができて、真の意味での地方自治の
時代になれば、素晴らしい」と思いました。

 もう、30年以上も前のことになりますが、ある新聞の論壇の中
で、「日本では、自分の国を否定する言論にも市民権が与えられて
いる」と書かれていたことを、今、鮮明に思い出しています。今回
の聖火リレーを通じて、「言論の自由」の大切さを、改めて感じる
ことになりました。

 5月12日に、中国・四川省で大規模な地震が発生しました。報
道によれば、被災者は1,000万人にも達するとのことで、想像
を絶するけた違いの被害が出ています。不幸にも、この災害に巻き
込まれた数多くの犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。
 中国国内で行われていた聖火リレーは、地震の発生後、犠牲者へ
の黙とうをささげてからスタートするという形で継続されてきたそ
うですが、19日から3日間、一時中断したとのことです。このよ
うな未曾有の大惨事が起きているのですから、妥当な措置だと思い
ます。
 日本からも、国際緊急援助隊が被災地入りして救助活動に当たっ
たとのことですが、今後も、人命救助や被災者支援、そして復興に
向けての支援が必要だと考えています。