2005年11月24日木曜日

東京、豊橋に出掛けました


【北陸新幹線関係都市連絡協議会で要望活動を実施しました】
 11月9日(水)、金沢市、富山市、福井市、上越市、長野市の
5市長がそろって、国土交通省と財務省、そして自民党三役、関係
国会議員に北陸新幹線建設促進の要望をしてまいりました(北陸新
幹線関係都市連絡協議会の会長を私長野市長が務めております)。
基本的には、建設が合意されている事項ですが、財政が厳しい折、
少しでも早く建設が進み、開業できるように、予算確保等のお願い
に行ったものです。

 ただ、それだけでなく、現段階、金沢までの建設工事が始まって
おり、福井市の駅は着工されましたが、線路については事業が未認
可ということで、福井市長さんは熱心に陳情しておられました。さ
らに、大阪までの先線については、ルートも決まっていないわけで
すから、まだまだ先の長い話です。

 自民党の久間総務会長さんから、「北陸新幹線が金沢まで延伸し
た場合、当然お客が増える、そのとき、大宮―上野間が問題になる、
新宿へ入れることを真剣に考えないと」・・・という話がありまし
た。確かに現在ですら、大宮―東京間は特急あさまの時代と同じく
らいの約20分がかかっているのですから、真剣に考えるべき問題
だと思います。ただ、やるとすれば、大深度工法を使うことになる
のでしょうから、実現までには、大変だろうと思います。

 行く先々で、長野市の問題、すなわちまだ用地買収さえ出来てい
ない現状について懸念が表明されました。実情について、私はきち
んとお話ししてまいりました。ただ、長野市だけが目途がついてい
ない現状で、大変恥ずかしい思いをしてきましたが、先線の関係者
に迷惑をかけないように、解決しなくてはと改めて感じました。

【小坂・麻生両大臣にお会いしました】
 要望活動の後、文部科学省を訪問、先日初入閣された小坂憲次大
臣に、挨拶、お祝いを申し上げてきました。併せて長野市のオリン
ピック施設について、ナショナルトレーニングセンター(ナショナ
ルトレセン)への位置付けをお願いしてまいりました。

 オリンピックの招致段階での思惑は、競技施設のいくつかは、ナ
ショナルトレセンにしてほしいというところにあったことは、私も
聞いています。東京西が丘のナショナルトレセンは、屋内・屋外ト
レーニング施設や宿泊施設などの整備で素晴らしい施設となります
が、冬季競技は無理でしょうから、この際長野に是非とお願いしま
した。

 続いて、麻生外務大臣にもお会いしました。総務大臣に引き続き
の大臣就任のお祝いを申し上げたことは当然ですが、併せて、昨年
「エコール・ド・まつしろ」を視察いただいたことのお礼(ちょっ
と遅きに失していましたが)と、外務大臣のポストの難しさをお聞
きしました。

 そのほか、長野県出身の国会議員(後藤茂之衆議院議員、吉田博
美参議院議員)が、国土交通省の政務官に就任されています。日本
国家のことに携わっておられる方々に、一地方のことだけをお願い
することは、遠慮すべきでしょうが、日本全体について考えていた
だく中で、地方が活性化するようにいろいろお願いしていきたいと
考えています。

【首都圏在住長野市民会議を開催しました】
 要望活動を行った日の夜、首都圏在住長野市民会議を開催させて
いただきました。今回は合併した4町村の出身の方々にもご案内を
差し上げ、25人の方に出席していただきました。私からは、この
会議の趣旨と観光政策についてお話しし、長野市のPRについてお
願いしてまいりました。出席された皆さんからは、外からの目で、
いろいろなご意見をいただきました。厳しいご意見もありましたが、
皆さん、話すことがたくさんあって、時間が足りませんでした。こ
の会議は今年で3回目になりますが、毎回皆さんの故郷への熱い思
いが伝わってきます。工夫しながら、今後も継続し、市政運営の参
考にさせていただきたいと思っています。

【豊橋市での中核市サミットに出席しました】
 翌10日(木)、東海道新幹線で豊橋市へ移動し、豊橋市が市制
100周年を記念して開催された中核市サミットに出席しました。
サミットの要点だけ報告させていただきます(今回は中核市37市
中、33市が出席しました)。

(1)国への政策提案を強化するため、これまでの中核市連絡会を
 「中核市市長会」に改組し、定期的に意見交換する市長会議の新
 設が決まりました。
(2)サミットでは「真の地方分権社会の実現に向けて」というこ
 とで、権限移譲を進めるため「三位一体の改革の実現を求める中
 核市市長会アピール」を採択しました。
(3)四つの分科会での議論を基に、行財政改革の推進や地域産業
 の活性化をうたう豊橋宣言を発しました。
(4)基調講演では、元内閣官房副長官の石原信雄氏が「能力ある
 市にはできるだけ責任を持ってもらうべき」と述べ、政令市並の
 権限を中核市にも与える必要があるとの認識を示されました。

 翌11日(金)は、豊橋市資源化センター(ごみ処理施設)を視
察しました。その資源化センターを中心にして資源リサイクルセン
ター(各家庭で不要となったものをリサイクル)、プラスチックリ
サイクルセンター(プラスチックの中間処理施設)があり、そして、
資源化センターの余熱利用施設(温水プールと温浴施設を中心とし
た施設)は工事中でした。焼却施設について、長野広域連合では、
実績のあるストーカ方式+灰溶融で行うことになっていますが、豊
橋市の施設は、ガス溶融炉を採用していました。順調に動いている
ようです。

2005年11月17日木曜日

「ぱてぃお大門・蔵楽庭」がオープンしました


 11月12日(土)、待ちに待った「ぱてぃお大門・蔵楽庭(
くらにわ)」の整備が完了し、オープンしました。善光寺表参道と
国道406号の交差点、南東の角に、新しい長野の名所が出現しま
した。オープニング・セレモニーは、松代の子供真田勝どき太鼓の
元気な太鼓演奏に続いて、善光寺木遺りが詠われ、賑やかに開催さ
れました。

 セレモニーには、事業主体の第3セクター株式会社まちづくり長
野(社長は長野商工会議所の仁科会頭)の役員さん、服部タウンマ
ネジャー、市議会議員さん、地権者さん、地域の大門区・東町区・
近隣商店街の皆さん、デザイン関係を含む建設関連事業者、そして
出店したテナントの関係者など大勢出席して、盛大に行われました。

 株式会社まちづくり長野は、中心市街地活性化法に基づくまちづ
くり機関(通称:TMO※)として市が認定し、この日オープンし
た「ぱてぃお大門・蔵楽庭」をはじめ、平成15年4月からは「楽
茶れんが館」の運営を、また「ダイエー長野店」撤退後、市が取得
した「もんぜんぷら座」の1階において、中心市街地での不足業種
であり、かつ住民要望の高い食料品販売の商業施設の「とまと食品
館」の運営にも取り組んでいただいております。さらに、昨年度は
中心市街地で、創業や事業転換、事業拡大を図る個人や企業、事業
者などを対象とした「まちづくりファンド」の運営を行っていただ
き、今後はさまざまなイベント開催など、中心市街地におけるソフ
ト事業にも、積極的に取り組んでいただきたいと考えています。

 ぱてぃお大門・蔵楽庭は「小さな旅気分を味わえるまち」という
ことをコンセプトに、(1)賑わいの創出、(2)門前らしい街並
みの整備、(3)新しい大門の創造を目指しているものです。大門
町にある空き店舗、使用されていない土蔵、空き家を活用し、テナ
ントミックスによる新しい商業施設を設置することにより、商店街
の活性化と観光客の回遊性の拡大や滞留時間の延長を図ろうという
狙いで整備されたものです。

 平成12年12月、中央通りに面した空き店舗の1つが売却され
るという情報が、全ての始まりでした。平成13年6月、ビルを建
てられたら取り返しがつかないということで、地元住民有志の組織
である有限会社長野大門会館が、悩んだ末に、この土地を買い取り
ました。この土地の奥には土蔵があり、隣接地には使用されていな
い数棟の土蔵や3階建ての楼閣がありました(この楼閣、私は子ど
もの頃、不思議な建物があるなあと思っていましたが、その後周り
の建物が大きくなったせいか、忘れていました)。取得した土地を
中庭(ぱてぃお)化して隣接地まで回遊できるようにすれば、素敵
な空間が生まれ、賑わいが生まれるのではないか・・・「ぱてぃお
大門・蔵楽庭」構想が形づくられていきました。

 そして、平成15年11月に、構想段階から携わってきた有限会
社長野大門会館に代わって株式会社まちづくり長野が事業主体とな
って、空き家屋としての土蔵群等を改修する計画が固まり、国から
事業計画の認定とリノベーション補助金※の交付決定を受けて、建
設事業がスタートしたものです。

 大門町という善光寺さんの前面、伝統的な場所に、この不況の時
期、まったく新しいコンセプトの施設を造ることは、大変勇気のい
ることだったろう、そしてこの時期のテナント集め・・・相当なご
苦労があったことと思います。TMO、設計者、建設会社など関係
の皆さんに心から感謝と敬意を表します。

 さて、ぱてぃお(中庭)を囲むように出店していただいたテナン
トは、ここではご紹介しきれませんが、全部で20店です。皆さん
には、ぜひご自分で訪ねていただいて、満喫していただきたい。私
はセレモニーの後、ひと回りさせていただきましたが、素敵な店構
えで、後日ゆっくり訪ねてみたいと思いました。土蔵造りの建物が、
とてもおしゃれな印象です。

 出店した20店には、もちろん長野市の方もいらっしゃいますが、
遠く伊那市、松本市、軽井沢町、小川村からも出店していただきま
した。きっと新しい善光寺門前の顔として頑張っていただける方々
と思いました。

 来年9月には長野銀座地区の2つの再開発事業(もんぜんぷら座
のすぐ近くで連係できる場所です)が完成する運びとなっており、
この「ぱてぃお大門・蔵楽庭」と併せて、中心市街地の活性化に向
けてはずみがつくはずです。この施設を核として周辺商店街への相
乗効果も期待したい・・・大きな希望を担っての歩みをしていただ
いております。

 そしてもう1つ元気の出る話題。もんぜんぷら座活用事業が、財
団法人都市みらい推進機構が主催する「平成17年度土地活用モデ
ル特別賞」を受賞しました。土地活用の模範的事例となり、全国に
紹介されます。長野市にとって大変名誉なことで、うれしい出来事
です。

※ TMO・・・Tとは「Town=街」、Mは「Managem
 ent=管理・運営する」、Oは「Organization=
 組織・団体」の略で、中心市街地の活性化のためにいろいろな活
 動を行う組織であり、具体的には、さまざまな主体が参加する街
 の運営を横断的・総合的に企画調整する組織のことです。

※ リノベーション補助金・・・中小商業活性化総合支援補助金の
 一部と中心市街地等中小商業活性化施設整備費補助金の対象とな
 る施設整備を中心とした補助事業の通称です。

2005年11月10日木曜日

2期目のスタートに向けて


 10月30日の当選後、31日は午前中、自宅でメディア各社の
インタビューを受け、2期目に向けての抱負を述べさせていただき
ました。選挙運動では、多くの市民の皆さんに私の政策を理解して
いただくとともに、投票率アップについてもお願いをしてきました。
しかし、投票率が前回を2.63ポイントも下回る結果となったこ
とに、私自身も釈然としないが、民意を頂いたと信じ、「民間活力
の導入」に全力を上げて頑張りますと申し上げました。
午後は、テレビに生出演しました。

 翌11月1日は、選挙後の初登庁ということで、市役所玄関棟で
市民の皆さんや市職員の歓迎を頂きました。花束もいただき、華や
かな演出の中で自分の胸にあらためて次なる4年間への誓いを立て
ました。

 この日が選挙後の初登庁というのには、若干疑問がありました。
私の1期目の任期は11月10日まであります。ですから、本来で
あれば11日が2期目の初登庁ではないか、もう少しゆとりをもっ
て登庁してもいいのではないか、秘書担当とかなりやりあったので
すが、1期目から2期目の公務は区切りなく続いていくため、選挙
後の初登庁をひとつの区切りにするということで、しぶしぶ妥協し
たものです。

 助役・収入役との打ち合わせの後、職員へあいさつをしました。

 職員へは、あらためて職務に臨む「7つの心構え」を話しました。
1つ目は、民間感覚を学んでほしいこと。2つ目は、何ごともポジ
ティブに「まずやる」ことを前提に考えてほしいこと。3つ目は、
長野を愛してほしい、そして、市民のために何ができるかを考えて
ほしいこと。この3つは私が就任当時から職員にお願いしているこ
とです。
 そして、4つ目は、問題を先送りしないでほしい。スピードアッ
プして進めてほしいこと。5つ目は、市民満足度を高めてほしい。
そのために、情報公開・説明責任・説得責任を果たす努力をしてほ
しいこと。6つ目は、慣習・前例主義、現状維持、横並び意識を打
破し、企画力・チャレンジ精神を高めてほしいこと。7つ目は、す
ばらしい成果を上げられる働き方を工夫してほしいこと。

 この7つの心構えを常に念頭に置いて、実践してほしい、そして
これが職員の意識改革であると話しました。

 今回、新たに「市民の皆さんに分かりやすい行政に心がけてほし
い」ということを強くお願いしました。行政を分かりやすくするこ
とが、市民の皆さんと協働による行政を進めていく上で特に大切な
ことであると思ったからです。

 そして「民間活力の導入」については、2期目においても私のぶ
れることのない確かな信念であると申し上げました。「民間活力」
とは、民営化や民間委託もそうですが、市民の皆さん一人一人の力
や知恵を行政に反映することです。

 職員には、私と一緒になってマニフェスト(政策公約)に掲げた
政策を進めて、長野市の未来のために市民の皆さんや子供たちが、
素晴らしい夢と希望を膨らませることができるような「元気なまち」、
誰からも愛され注目されるまちを目指してほしいと話しました。

 そして午後には、市選挙管理委員会から当選証書を受けました。

 翌11月2日は、各部局の打ち合わせの後、市議会各派の総会に
出席させていただき、2期目に向けての決意を語らせていただきま
した。また、新年度へ向けての予算要望も頂きました。

 この週末に経験してちょっと気になったことをひとつ。

 千葉のホテルで、ちば環境再生基金の「エコちばコイン」の存在
を知りました。それは、「エコちばコイン」事業に参加しているホ
テルで、宿泊者がホテル備え付けの歯ブラシやくしなどのアメニテ
ィグッズを1つも使わない場合、グッズと一緒に置いてあるコイン
を出発時にフロントへ渡すと、ホテルはその分を基金へ寄付をする
仕組みのようです。基金では、NPOなどが行う環境活動への支援、
市町村の自然再生事業への支援、なのはなエコプロジェクトの推進、
不法投棄物の撤去などへの支援など・・・パンフレットを読むとそ
のような素晴らしい活動に使われると書いてありました。

 私もほとんどの場合、洗面用具は持参したものを使い、ホテル備
え付けのものは使いませんので、コインをフロントへ置いてきまし
た。細部のことはわかりませんが、この方式は簡単で、旅行者の環
境意識を醸成し、かつ何らかの環境保全活動に寄与できる、そして
ホテルのステータスも上がる・・・一石三鳥の仕組みと感じました。
長野県は観光地で、旅館、ホテルが多くありますので、帰ったら環
境保全協会に提案してみたいと思った事業です。

2005年11月4日金曜日

市長選挙を終えて

 -市長2期目をやらしていただくことになりました-

 11月10日に任期満了となる長野市長選挙が、10月23日告
示され、30日に投票が行われました。その投票の結果、私、鷲澤
正一が2期目を担わしていただくことになりました。

 このメールマガジンについては、第三者に選挙運動との疑念を抱
かせる場合が想定されるので、選挙期日3カ月前から、休止させて
いただきました。代わりに私の後援会のホームページで、市民の皆
さんの関心が高いと思うテーマを取り上げました。私にすればこの
メルマガと同じような思いで書きました。

 メルマガを休止した7月末から10月末までの概略を報告させて
いただきますと、6月市議会定例会での出馬意思表明以後、通常公
務を行いながら、2期目に向けての政策作りを行ってきました。並
行してNUPRI(長野都市経営研究所)の仲間と早朝会議を行っ
たり、後援会組織の整備を進めてきました。

 途中、予測をしていなかった衆議院議員総選挙が入り、市長選へ
の関心は薄れてしまった感がありましたが、私にとっては政策をま
とめる時間がとれたという面では、ありがたかったことも事実でし
た。

 9月11日総選挙が終了し、私の政策マニフェスト(政策公約)
の準備も完了、9月19日に私の後援会事務所を正式に開きました。
そして仲間が少しずつ集まってくださって、立候補の準備が始まり
ました。10月に入って、ほかにも候補者が出馬宣言。「民営化」
がこの選挙の争点になると感じ、ようやく選挙モードになってきま
した。

 10月13日には市民会館で後援会の大会を行いました。私は
「民間活力を行政に導入する」という1期目と全く同じスローガン
を掲げました。このことは「私が市長をやらせていただく歴史的な
使命」と言い切り、多くの皆さんのご理解を得たと感じています。

 10月23日市長選挙告示。出陣式を行い、街頭演説などを行う
ため出発しました。街頭演説は前から苦手でしたが、そんなことは
言っていられません。多くの人に私の政策を理解していただき、ま
た、市長選挙が行われることを知っていただかなくてはならないと
いうこともあって、一生懸命に訴えさせていただきました。個人演
説会も数多く開催しましたが、常に「民間活力導入」を訴えさせて
いただき、市民の皆さんに真剣に聞いていただいたと思います。

 この1週間、朝は家を出るのが7時前後、帰宅は午後9時過ぎと
いうことで、選挙運動を一生懸命やりました。正直終盤は疲れまし
た。なにより合併で広くなった市域を実感した選挙でもありました。
そして10月30日。結果は皆さんご存知のとおりです。

 残念だったのは、投票率が37%弱と前回から2.63ポイント
落ちてしまったことです。私は一生懸命に「投票率は最低50%が、
民主主義の原点である」と訴えさせていただきました。街頭や演説
会での反応はすばらしかったのですが・・・残念です。

 ただ、この選挙を通じて終始一貫して訴えてきた民間活力導入の
方針は、市民の皆さんにご理解をいただけたと思いますので、これ
からピッチを上げて改革に取り組みたいと考えています。

 選挙の開票後、メディアの皆さんに囲まれての質問は、市民の皆
さんもいろいろな場面でお聞きになっておられると思いますので、
内容については、省略させていただきます。

 なお、一緒に行われた市議会議員補欠選挙は、3名の方が出馬さ
れ、市川武さんが当選されました。