平成13年度から建設工事を進めてきた地附山公園の一部が完成
し、10月23日(土)開園することができました。本当に素晴ら
しい公園です。山の上の方ですので、行くのは大変ですが、その分
景色は素晴らしいです。ぜひ大勢の皆さんに利用していただきたい
と思います。
昭和60年7月26日に発生した地附山地滑り災害では、老人ホ
ーム松寿荘に入所されていた26人の尊い生命が失われ、また湯谷
団地等へも土砂が押し寄せ64戸もの住宅を押しつぶすなど、多く
の被害が発生しました。この大災害の犠牲になられた方々に対しま
して、ここに改めて深く哀悼の意を表すると同時に、災害時におけ
る行政の対応、施設管理者の危機管理意識等について、深く考えさ
せられた災害でした。
地附山地滑り発生の日の夜、私も近くに住んでいるため、長野高
校の体育館に避難しました。地滑りの位置からすれば、「長野高校
の方が危険だ」などと思いながら、生まれて初めての避難生活を経
験しました。翌朝、報道関係のヘリコプターが多数飛来して大変な
騒ぎになったことを記憶しています。地附山の斜面が崩れて、地肌
が見えており、テレビでは湯谷団地へ土砂が押し寄せ、家を押しつ
ぶしていく悪夢のような映像を繰り返し報道していました。そして、
予測していなかった松寿荘の方向へも土砂が押し出し、素速い行動
がとれなかったお年寄りが26人も犠牲になってしまったのです。
地滑り被災地は、国から激甚災害の指定を受け、長野県を主体と
した関係機関の懸命な復旧対策により、今では安定した地附山へと
復元され、緑もかなり回復しました。オリンピック開催前、平成5
~6年ぐらいの頃だったでしょうか、地滑り跡地の緑を回復しよう
ということで、大勢のボランティアが集まり、幼苗植栽でナラや
ブナ等の広葉樹の植林を行いました。私も何度か参加しましたが、
きつい傾斜地での作業、皆さん一所懸命に頑張ったことを覚えてい
ます。その私達が植えた場所も今ではすっかり緑に覆われていて、
どのあたりだったのか正確な場所は分かりません。
地附山公園は、その地滑り跡地約25haのうちの約6.3haにつ
いて、地元地区の代表者や学識経験者、関係機関等を中心に構成さ
れた「地附山公園計画検討委員会」で整備の方法が検討され、設計
コンペで採用された案をもとに議論し、「基本構想」が策定されま
した。その後、平成12年には「みどりのテーブル」で広く市民の
皆さんのご意見をお聴きし、施設設計等に反映し、平成13年から
本格的に整備工事に着手しました。そしてこの度、公園区域の約4
割に当たる約2.5haを開園したものです。
長野県が施工した災害復旧工事も完了し、地滑り災害復旧に係る
情報を提供する場として「地附山観測センター(地滑り資料館)」
も整備され、地滑り災害学習の場としても大いに利用されることに
なるのではないでしょうか。このようなことを踏まえて、長野市は
地附山の地滑り災害を忘れないよう、公園の名称に「防災メモリア
ル」という冠を付けたものです。
公園施設はとても綺麗です。木製遊具が沢山設置され、芝生広場、
展望台、そして斜面にはローラー滑り台があって、子供達は大喜び
です。サクラの丘にはソメイヨシノが80本、ライオンズ・クラブ
の皆さんが寄付してくださり、エントランス広場の時計塔は国際ソ
ロプチミスト長野の皆さんからいただいたものです。皆さんの善意
のお陰で素晴らしい公園整備ができました。ありがとうございまし
た。
開園式のアトラクションで、湯谷小学校の6年3組の皆さんが、
この地域の石器時代を題材に創作劇をやってくださいました。そし
て地滑りの場所の上部に素晴らしい塚がある、そこまで公園を広げ
てほしいというようなアピールもありました。
大変申し訳ありませんが、この公園は冬の間は利用できません。
11月24日から3月31日まで冬期休園になります。年内はあと
数日しか利用できません。利用時間は、午前8時30分~午後4時
30分(入口ゲートは午後5時に閉鎖)とし、施設の保全と安全上
の観点から、当面夜間は閉鎖します。ただ、来年度の夏期(6月~
8月)からは閉鎖時刻を2時間延長し、午後6時30分(入口ゲー
トは午後7時に閉鎖)にする予定です。本当は24時間開園したい
のですが・・・。もちろん入園は無料です。
最後になりましたが、災害復旧の事業主体である長野県など関係
機関の皆様、公園事業にご理解とご協力をいただいた地元第二地区
など関係の皆様、並びに公園建設に携わっていただいた設計及び施
工業者の皆様、ありがとうございました。