3月になって、平成20年度も残り1カ月足らずになりました。
日本の行政は4月から翌年3月までを一会計年度にしていますから、
いろいろな制度も3月末で区切りをつけることが多いのです。そこ
で、市長として就任している役職について考えながら、退任するこ
とになった役職の主なものについて報告させていただき、感じてい
ることを書かせていただきます。
まず、長野県市長会の会長職は、ようやく2年の任期が終わり、
新年度に入ると退任することになります。この職には、東北信と中
南信が2年ごとに交代で就任するという内規になっており、次の会
長は中南信の市長さんの中から、選ばれることになっています。
市長会長になりますと、同時に“充て職”で、多くのほかの役職
にも就かなくてはなりません。そして、特に権限があるわけではな
く、まあ、まとめ役と言って良いのでしょう。忙しいだけで、正直
に言えば、私としては、あまり楽しい職だとは感じられなかったの
ですが、県都の市長として責任は果たせたかなと思っています。
長野県後期高齢者医療広域連合の初代連合長に就任したことは前
にも報告しましたが、こちらも2年の任期が終了し、間もなく退任
です。後任は、県内の市町村長の中から選挙で選ばれることになっ
ています。“後期高齢者”という名前などで、評判はあまり良くな
いのですが、制度そのものは、私は良くできていると思っています。
ただ、国の方針により、あえて都道府県ごとに一つの広域連合を
設置して運営していることには、疑問を感じています。制度設計か
ら運営そのものまで、すべて国の指示通りに行っているのですから、
連合長として経営の腕を振るう場はまず無いのです。広域連合の議
員さんも同じような思いを持っておられるのではないかと思います。
昨年11月末には、長野県市町村職員共済組合の理事長を退任し
ました。後任として就任されたのは、中沢坂城町長です。
もともとこの組合は、県内の市町村職員の医療保険などの社会保
険事業をしているのですが、市民の皆さんから見えるものでは、山
王共済会館(サンパルテ山王)を含む県内3施設を、福利厚生施設
として経営している組合と申し上げれば、お分かりになるでしょう
か。私が理事長を退任して間もなく、これらの施設を利用した公務
員の不祥事が報道されましたが、もともとは、私の在任中に起きて
いたことで、申し訳なく思っています。
以前、この組合では、市町村職員の年金も預かっていましたので、
私が理事長就任前に監事をしていた時期も含め、当時は、
2,000億円近い資金の管理もしていました。しかしその後、法
改正により全国市町村職員共済組合連合会が一括管理することにな
り、全国の同じような団体の年金資金の管理は、この連合会が責任
を持ってくれることになったわけで、私とすれば、正直ホッとした
のは事実です。ただ、社会保険庁のご粗末な顛末(てんまつ)を知
ってみると、違う意味での心配はありますが・・・。
まあ、個人個人の数字は、県単位で独自に管理していますから、
大丈夫だとは思いますが・・・ただ、これにしても、掛金を預かり、
町村や広域連合などの退職者に退職金を払っている長野県市町村総
合事務組合が、おそらく実質大赤字になっているだろうと言わざる
を得ない実態を知ると、心配になるのは果たして取り越し苦労でし
ょうか?(以前、このメルマガにも書かせていただきましたが、平
成17年に4町村と合併した際に、約11億円の請求書がこの事務
組合から長野市に来たことは、記憶に新しいところです。)
長野地区農業共済事務組合の管理者もやらせていただいていまし
たが、先日のメルマガでご報告させていただいたとおり、4月1日
に北信農業共済組合と統合することが決まり、事務組合は解散、私
も退任することが決まりました。今後は、事務組合(市町村営)か
ら組合営(民営)へ移行しますが、農業共済は公的な保険制度です
ので、私も行政の立場から、理事の1人として移行後も組合運営に
携わる予定です。
農業共済制度は、天候に左右されがちな農業の再生を図るために、
農業経営のセーフティーネットとして絶対に必要なシステムだと思
っています。今後は、可能であればもっと適用する農作物の種類を
増やし、農家ニーズにより広く対応できるよう、国に要請していき
たいと考えています。
長野広域連合長も、重い役職の一つです。関係市町村長の選挙で
選ばれ、老人福祉施設の運営、介護認定審査会の運営、ごみ焼却施
設の建設計画などを行っていることは、皆さんご存じの通りです。
この役職にも任期があるのですが、関係市町村長の中では、ほぼ自
動的に、と言える状態で長野市長が就任しています。
国では今後、地方の広域的な行政連携を「定住自立圏構想」とい
う新たな手法で推進していくようですので、今の広域連合の役割も
見直されるのでしょう。
このほか、長野県市町村職員研修センター運営委員会会長、財団
法人長野県市町村振興協会理事長、長野県市町村自治振興組合副管
理者にも就いているのですが・・・これらは多分、市長会長を退任
すると、辞めることになると思っています。
県の審議会関係では、長野県行政機構審議会、長野県総合計画審
議会、長野県都市計画審議会等々がありますが、こちらも多分同様
に、市長会長とともに辞めることになるのでしょう。
こちらは、退任するわけではありませんが、全国史跡整備市町村
協議会北信越地区協議会の会長もやらせていただいています。この
協議会は、史跡を有する市町村などが、その整備・保護に努めよう
ということで、総会や研修のほか、国に対して文化財保護予算の増
額要望なども行う組織です。いわば、史跡整備を推進するための応
援団みたいなものと感じています。
社団法人長野市農業公社の理事長にも就いています。発足から約
1年半が経過し、「ながのいのち」ブランドの推進や農作業支援、
遊休農地対策などの事業も動き始めました。新年度、この理事長職
は、とても大事な仕事になってくると思っています。
このほか、長野市の外郭団体的な組織では、会長・理事長という
のはあまり多くはなく、顧問などの肩書きが多いのですが、実質的
には運営や予算などの相談に乗らなくてはならないわけですから、
責任が重いことに変わりはありません。
さらに、長野県税政研究会会長、長野県信用保証協会理事、長野
県公立学校施設整備期成会副会長、日本赤十字社長野市地区長、北
陸新幹線長野県沿線広域市町村連絡協議会会長、長水防犯協会連合
会会長、長野市暴力追放市民協力会会長、長野市日中友好協会名誉
会長・・・数え始めたら切りがありません。このほかにもたくさん
あるものですから、秘書課に調べてもらいましたら、なんと250
もの役職があるようです。ただし、本人が意識していない役職もあ
り、市の職員などが代理で出席していることが多いのです。
2年ぐらい前になりますが、市長が“充て職”でやっている仕事
はすべて辞めて、副市長や担当の部課長に割り振ろう、すべて名実
ともに責任を持って事業を行ってもらうのが正しい組織運営である
と考えて手を付け始めたのですが・・・いろいろ事情があり、予算
確保や法律の問題もあって、どうもうまくいきませんでした。
結局、私の継続・再登板になるものも出てしまう、ということで、
市長会長退任とともに辞めることになるものを除いても、まだ、
200近い数の役職を抱えているのが実情です。
幾つかの例外はありますが、市としての決定や市から発信する通
知などは、すべて市長名で行われることになっており、責任は大変
重いわけで、担当者がしっかりやってくれているから、何とかもっ
ている、市長一人では何もできないというのが実感です。
最近は、事務局さえしっかりしていれば、市長は、ある意味“お
みこし”に乗せてもらっていることも仕方がないかなと感じるよう
になりました。
とは言え、“おみこし”にも乗り方があると思っています。それ
は、(1)全体を俯瞰(ふかん)的に見て、正道を見誤らないよう
にすることが大切。もう一つは、(2)良き部下を育て、持つこと。
そして、(3)可能な限り現場を知る努力が肝要だということでし
ょう。
ただ、市役所もそうですが、団体や組織の「前例主義」はとても
大きな壁です。「今までやってきたことだから」「先輩がやってき
たことだから」などということがルール化されており、これを変え
ることに、かなりの困難を感じてきました。
新しい発想は事務局に任せていては出てこない。これは、私がこ
れまでに体得してきた実感です。組織のさまざまな壁を破り、新た
な発想の下にあるべき方向へ修正する、それが市長の仕事だといつ
も思っています。