新しい懇話会を創設しました。10月12日夜、そのスタートに
先立ち「長野市の未来を語ろう『みんなでトーク2010・ながの』」
のキックオフ・トークを開催しました。
この「みんなでトーク2010・ながの」という新しい懇話会は、
今後の長野市をデザインするために、あらゆる年代の皆さんに長野
市の将来にどんな夢を描くのか、自分が市長だったらこんな市にし
たい、といったことを自由に語ってほしいという思いから創設した
ものです。懇話会には、公募に応じていただいた皆さんのほか、市
の職員も加わり、夢を語り合うことにしています。
私が若いころ、と言っても30歳代前半、故柳原市長さんのころ
ですが、私が所属していた長野青年会議所のメンバーと市の若手職
員が、朝食会を開催して意見交換をしたことがあります。お互い初
対面でしたが、市職員とのコミュニケーションは随分楽しかったで
すし、お互いに勉強になったと感じました。何回続いたか記憶は定
かではありませんが、今回の新しい懇話会はそのときのことを思い
出して、私から提案したものです。
ただ、今回のメンバーは、青年会議所ではなく、公募した市民の
皆さんと市の職員ですので、あのころの趣旨とは少し違うものにな
っています。
キックオフ・トークでは、フリーパーソナリティーの武田徹さん
にコーディネーターをお願いして、パネルディスカッションをしま
した。パネリストは、ゲストとしてお迎えした「ふるさとNAGA
NO応援団」のメンバーの幡野保裕さん、フリースタイルスキー・
モーグル選手の上村愛子さん、主婦で、以前、放送局のディレクタ
ーをされていた上條麻美さんの3人と私です。
キックオフ・トークですから、懇話会のメンバーの方はもちろん
ですが、トークは公開で行い、メンバー以外の皆さんにも一緒にお
聴きいただきました。
最初に、コーディネーターの武田さんから私に、今回の「みんな
でトーク2010・ながの」の趣旨についてお尋ねがありましたの
で、あいさつを兼ねて次のような話をさせていただきました。
これまで、市内各地区で開催している「元気なまちづくり市民会
議」をはじめとして、中山間地域、国際交流、女性など、テーマや
対象者別の市民会議の開催や、現場へ出掛けての「移動市長室」な
どを行っている。
これらは、市民のご意見・ご要望などをお聴きする場として大変
重要な会議ではあるが、会議のテーマは、例えば、それぞれの地域
の「当面の課題」や、部分的な「個別・具体の話」に限られ、長い
年月を見据えた長野市全体についての議論は少ない。10年後、
20年後を見据え、「これから先、長野市はこうあるべきだ」とい
うような、ある意味「大きな議論」が必要だと感じている。
このようなことから、創設した「みんなでトーク2010・なが
の」では、18~29歳、30~49歳、50歳以上というように、
年代別の懇話会を設け、メンバーの皆さんとひざを交えて、長野市
の将来をどのように考えるか、長野市は今後何を目指していくべき
かを議論し、一緒に考え、長野市のこれからの「旗印」を探してい
きたい。
そのスタートに先立ち、本日はゲストの皆さんから「外から見た
長野市」をテーマの中心としてお話をお聴きし、今後の懇話会を進
めていく上での参考にさせていただきたいと思っている。
こんな趣旨で話させていただきました。
今回パネリストをお願いしたゲストの皆さんは、長野市にかかわ
りを持ちながら、世界、国内、県内をよくご存じの皆さんです。デ
ィスカッションでは、武田さんの素晴らしいコーディネートにより、
さまざまなお話をお聴きすることができました。
幡野さんは、高校時代を長野で過ごされ、柔道のインターハイ県
代表選手としても活躍。大学卒業後は、日本郵船株式会社に就職し、
平成8年から15年まで豪華客船「飛鳥」の船長をされた方です。
世界中の港町を回った経験からお話を伺うことができました。
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印象に残っている町は、ニュージーランドのクライストチャーチ。
この町の売りはガーデニングで、道から庭が見えるデザインになっ
ており、住民が自宅の庭を一生懸命奇麗にしている。また、町の中
心には大きな公園・運河があり、ボートで巡ることができる。ボー
トの中で求愛すると成功するという伝説を上手に使い、町をPRし
ている。
地球温暖化について考えている都市も印象深い。サンフランシス
コのベイエリアは、電気自動車の普及を目指すモデルとして、パワ
ーステーション(充電スタンド)の設置を進めている。フランスの
ラ・ロシェルは、映画祭と音楽祭で売っている町。それに加えて最
近は、電気自動車の普及を進め、市内は電気自動車しか走らせない
ようにしようとしている。パワーステーションの設置と電気自動車
のレンタルを計画中。
いろいろな所に行って思うのは、住民がどれだけ町に対する意識
を持っているかが重要だということ。一人一人の細かい積み上げが
町をつくっていると感じている。
長野のイメージは、素晴らしい自然と里山。そして、長野のホス
ピタリティが世界に認められた冬季オリンピックの大成功。オリン
ピックは平和の象徴であるが、北京オリンピックの聖火リレーでの
善光寺の存在感も平和を象徴する町のイメージを強くした。これら
は長野の大きな財産で、うまく利用したい。
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上村さんは、ご紹介するまでもなく、長野オリンピックから今年
のバンクーバーオリンピックまで4大会連続で出場した、日本を代
表するスキーヤーです。いろいろな国で競技をされた経験から、気
に入っている町についてお聴きすることができました。
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スイスのツェルマットによく行く。この町は、自動車の乗り入れ
が規制されていて、お客は一つ手前の町に駐車して、登山電車やタ
クシー(電気自動車)で行くことになる。静かで空気も澄んでいる。
家一軒一軒に花を飾る決まりもあるなど、観光地としてのコンセプ
トが決まっていて、町のどこを見ても「ツェルマットだな」という
景色が広がっている。
そこでは氷河で滑らせてもらっているが、毎年毎年、氷河が小さ
くなっていることを実感。環境問題が自分の競技に直結している。
長野市全体では難しいが、例えば山の方に行ったら、電気自動車が
たくさん走っている場所があれば魅力的ではないか。
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上條さんは、放送局のディレクターをされていたことから、長野
県内をくまなく回って取材をした経験をお持ちです。また、現在の
主婦としての立場から、どんな長野市にしたいかという思いもお話
しいただきました。
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駒ヶ根のソースカツ丼など、町全体が頑張っている所は活気があ
ると感じている。先代より2代目、3代目の人たちが頑張っている。
長野市にも「○○横丁、○○通り」というような、新しいB級グル
メが集まった区画があれば面白い。
自分の子どものことで考えると、大学進学などで東京などに行っ
たとしても、帰って来られる町になったら良い。私も学生のころは、
東京で就職したい、親から自立したいと思っていたが、実際に子ど
もを持ち、親の立場になると、帰ってきて長野で就職してもらいた
いと思う。だから、企業が元気になってほしい。10年後、20年
後に働き口があるかどうか不安がある。
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パネルディスカッションを進めていく中では、武田さんからも次
のようなヒントを頂きました。
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外から人を呼び込むことも大事だが、われわれ自身も日常生活の
中で、里山や自然を楽しむことができる市民になることも大事。自
分たちの町なのだから、自分たちが楽しんで、自分たちが健康で暮
らせる、そういう「暮らし」にわれわれもギアチェンジする必要が
ある。
中央通りの活性化も言われているが、住民が地元の物を買って、
地元の物を愛するようにならないと活性化しない。安い物があれば、
よその物を買う。経済の原則からすれば仕方ないが、長い目で見れ
ば自分たちの首を絞めている。地元の人が何かに取り組んでいたら、
それに協力して、少しくらい高くても買って、根付かせることをみ
んなでしていかないと、まちづくり・活性化は絵に描いた餅(もち)
で終わってしまう。
未来を考えるときに、10年先、20年先、世界がどうなるかを
頭に入れる必要がある。環境問題も深刻化すると思う。食糧難の時
代も来るのではないか。飢餓に遭わないまちづくりもある。資源の
問題もある。その地域だけで小水力発電をやるとか、中山間地域の
木材を活用する検討も必要。善光寺はさまざまな宗派を受け入れる
素地がある。世界宗教者会議のようなものを開催し、世界平和につ
いて語ってもらうこともオリンピックを開催した長野市ならできる。
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パネルディスカッションの最後は、「外から見ると、長野市には
いろいろな宝があるが、宝はそのままにしておいても何の役にも立
たない。『宝の持ち腐れ』にならないような長野市の未来を考えて
いってほしい」という武田さんの言葉で締めくくっていただきまし
た。
実際には、もっとたくさんのお話を展開していただきましたし、
私も発言させていただいています。今回は紙幅の都合もあり、略さ
せていただきました。お許しください。
「みんなでトーク2010・ながの」の本番は、10月26日の
50歳以上の皆さんとの懇談でスタートしました。今後、2月に開
催する予定の「ファイナル・トーク」までの間、長野市のこれから
の「旗印」を皆さんと一緒に探し出していきたいと思っています。