首長3期目の選挙というのは、厳しいものだそうです。3代前の
長野市長であった故夏目忠雄さんからは、「3期目になると『あの
市長は嫌いだ』という人が増えてしまい、限界に達する。一番は、
お互いの考え方や性格などの違いから不満が鬱積(うっせき)する
といった『人』の問題だ」とお聞きしました。言い換えれば2期8
年の間、賛成者もいるけれど、反対者もつくっているということだ
そうで、確かに夏目市長さんも3期目の選挙は苦戦されていました。
夏目市長さんがなぜそんなことを私にお話しになったのか、分かり
ませんが・・・。夏目市長さんは参議院議員に転身されるため、3
期目の中途で市長を辞任され、当時の助役、故柳原正之さんを市長
に推薦し、柳原さんが当選の後、ご自身は参議院議員として2期
12年間、国政で活躍されました。
当時の首長はあまり長くやらない習慣だったのでしょうか、故松
橋久左衛門さんは8年、故倉島至さん8年、そして夏目さんの後の
柳原さんは12年。続く塚田佐さんは16年でしたが・・・それぞ
れ辞め時をきちんと心得ておられ、長野市を現在の隆盛に導くため
の適切な施策を行ってこられたと思います。
私の記憶の範囲で申し上げれば、夏目市長さんは旧篠ノ井市・旧
松代町を含む1966(昭和41)年の大合併を実現し、後にオリ
ンピック開催を可能にする底力をつけられました。柳原市長さんは
倹約に徹して長野市の財政を素晴らしいものにしながら、長野電鉄
長野駅から善光寺下駅までの地下鉄化を成し遂げ、塚田市長さんは
長野冬季オリンピックの招致から実現まで、誰もまねできない素晴
らしい成果を挙げられました。私も、先輩の市長のように、良い市
長だったと言われたいとは思っていますが・・・。
70歳を過ぎれば、気力、体力、体調も、60代とは比較になり
ません。市民の先頭に立って頑張るには、国・県・市民との人脈が
大切であることはもちろんですが、人生経験、気力、そして世界と
日本の大きな流れを見て、徹底的に勉強することが大切で、50代
後半からから60代前半までが、市長に一番適しているのではない
かと感じています。そうはいっても、柳原市長さんが最初の選挙に
出馬されたときは66歳でした。選挙応援のお手伝いをしながら、
「2度目の選挙の時は70歳だ!」と感じたことを今でも覚えてい
ます。
私も市長として、長野市発展のために一生懸命に取り組んでいる
つもりですが、市政に新たな風を吹き込む必要があるときは必ず来
るものと感じています。
ただ首長選挙は、先日の参院選のような国政選挙と違って政策論
争になりにくい・・・この政策が悪いから首長を変えるべきといっ
た議論にはなりにくく、政策論ではなく、任期が長すぎるとか傲慢
(ごうまん)だといった話や、理念的なことが中心になり、具体論
がまるでない。すなわち、この政策よりもこっちの政策の方が良い
といった論理的な話にはなりにくいということでしょう。
私も12年前、立候補を決意した当時の文章を読んでみると、あ
まり具体的な公約ではなかったなあ・・・と、今反省しています。
しかし、長野市をこうしたいという具体的な夢は絶対必要です。
私が就任以来掲げてきた5原則「入りを量りて、出ずるを為す」
「市民とのパートナーシップ」「簡素で分かりやすい市政運営」
「民間活力の導入」「無私・他利の精神」は全くぶれることなく、
徹底することができたと思っていますが(これも一般論、常識論で
す)・・・それが気に入らないと感じる方々も増えているのでしょ
うね。
また、私の鉄則は、予測に基づいた市政運営をしてはいけないと
いうことです。具体的な例を挙げれば、リスクの高い株式などの金
融関連商品に手を出すべきではなく、このことは地方自治法などに
も明記されています。また、例えば長野市が出資する団体に対して
の赤字補填(ほてん)は許されても、保証の責任を負ってはいけな
いと考えています。
ここで、私が12年間努力したけれど、めどが立たないことを2
つ挙げさせていただきます。それは、「公共交通の再生」と「中山
間地域の活性化」です。
原発、TPP、核廃絶、憲法問題、普天間基地問題など、私も昔
から一家言を持っているつもりですが、私は就任前から、市長とし
て権限のないこと、できないことは、言いたくても口を出さないこ
とに決めていました。「ずるい」と言われればそのとおりですが、
でも私が発言することで何が変わるのか・・・自分のこととして捉
えられていないことを発言するのは、犬の遠ぼえだと思ってしまう
のです。
それに比べ、この2つのテーマは、市長の権限の範囲内のことで、
やる気になって方法論さえ考えられれば、できないことではないと
感じています・・・でも、長野市に限らず全国各地の自治体が抱え
る難しい問題であり、困っていることです。
地方自治体は、国・県の施策を「所与の条件」として、その中で
最高のパフォーマンスを具体的に発揮していくことが、最大の役割
だろうと私は考えています。それは「財政に関して自主権がない地
方自治体」にとっては、やむを得ないことと思っています。
具体的な話を一つ申し上げますと、先日の8月市議会臨時会で特
別職を含む職員給与の減額を決定しました。地方自治の時代ですが、
国からの要請なのです。国・県からの補助金や、地方交付税は、独
自に稼ぐ手段が限られている市町村にとっては大変重要なもので、
これを削減されたら東京都や軽井沢町など、ごく一部の交付税不交
付団体以外は、行政経営が成り立たないことは自明の理です。
国として、交付税は全ての市町村を平等に扱うことが建前なので
しょうが、それとは別に、特別交付税とか合併特例債といった地域
の特別の実情に応じて優遇される制度がありますし、さらに市町村
としても、新しい政策をぜひ国に採用してほしいということも当然
あるわけで(昔、夏目市長が道筋を付けて柳原市長さんに引き継が
れた長野電鉄の地下鉄化への補助金も、「都市高速鉄道連続立体交
差化事業」として国から特別に頂いたもので、当時の地方都市では
全国に先駆けるものでした)、何とか国に認めてもらいたい、すな
わち特別に面倒を見てもらいたいことはたくさんあるのです。
国からの要請を断ることによって、こちらからのもっと大きな要
請が認められない可能性を私は心配してしまうのです。
国の出してくる施策は、所与のものとして受け入れ、市民の意見
をよく聴きながらその中でよく研究し、国・県との連携を大切にし、
加えて犬の遠ぼえであっても地方からの「提言力」も大事にしたい
と思っています。
先日、アメリカの大都市デトロイト市が連邦破産法に基づいて破
産を申請したとのことをニュースで知り、びっくりしました。制度
が違いますから私には分かりませんが、テレビ報道によると職員の
退職年金が膨大になっているとのこと。良い悪いは別にして、何十
年分割か知りませんが、いまだにたばこ税を活用して旧国鉄の赤字
分(職員の年金分だそうですが)を返済し続けている日本とは違い
ますよね。
そういえばかなり昔ですが、ニューヨーク市の財政危機が話題に
なったこともありましたよね・・・夕張市の場合とはかなり違うと
思いますが・・・。
長野冬季オリンピックの例で申し上げますと、新幹線や高速道路
は、国などの投資により建設されましたが、競技施設は、国が2分
の1、県が4分の1、長野市が4分の1の費用負担で建設したもの
です。さらに申し上げると、オリンピック終了後、国から補助を頂
いているとはいえ、各競技施設は長野市が所有し、維持・管理を行
っているわけですから大変です。ちなみに1964(昭和39)年
の東京オリンピックで利用された競技施設は、その後、多くが「国
立」として国が管理しています。
こうした中、真の意味での地方自治が行われた場合は、経営の仕
方によっては、財政破綻もありうる話ですよね。日本の場合、借金
は全て国に管理・監督されているようなもので、「日本の地方自治
体は自立していない」は私がよく使うフレーズですが・・・。国は、
夕張市の例で反省したのでしょうか、地方自治体の財政状況が悪化
すると、財政上のイエローカードやレッドカードが出される制度が
あります。その場合には地方自治体の政策の自由はかなり制限され
るでしょうが、極度の悪化を未然に防ぐようになっていると私は感
じています。
それにしても、デトロイト市の例を見て、アメリカの地方自治の
徹底ぶりには、あらためて感心しています。同時に、行政の経営手
腕がものすごく問われるのだろうと感じました。
建前の地方自治、地方分権を声高に主張しても、実態はそうなっ
ていない。夏目市長が参議院議員選挙に立候補されたときの選挙ス
ローガンは「地方の時代」でした。あれから約40年。理念は誰も
反対しないのですが・・・実態を伴ったものに変えていくことは難
しいことだと感じています。