2013年9月5日木曜日

50年後の中山間地域を夢見て


 市長就任以来、3期12年の集大成として書いた8月のかじとり
通信。書き始めれば、皆さんにお伝えしたいことが次から次へと頭
に浮かび、5回の配信だけでは足りず号外を出すまでとなり、よう
やくまとめ上げることができました。お付き合いいただき、ありが
とうございました。大作の後ということもあるのでしょうか、正直、
今はほっとしたという安堵(あんど)感と、それ故いささか脱力感
を覚えながらも、さあ9月からの執筆を始めるかと気合を入れてパ
ソコンに向かいましたが、原稿提出期限ぎりぎりの日曜日の夜に書
いている次第です。

 8月のかじとり通信の中でもお伝えしましたが、私の12年間の
仕事で、なかなか思うように進んでいないのが「中山間地域の活性
化」と「公共交通の再生」です。特に、中山間地域の問題について
は、8月に行われた中条地区や信更地区の元気なまちづくり市民会
議でも切実な地域の問題として議論になりました。特効薬がないの
が実情ですが、8月29日のかじとり通信で藻谷浩介さんとNHK
広島取材班の共著である「里山資本主義-日本経済は『安心の原理』
で動く」(角川oneテーマ21)を、「これは素晴らしい」と紹
介させていただきました。その時はあまり詳しく書けませんでした
ので、今回、この本を引用させていただきながら、中山間地域の持
つ魅力をあらためて考えたいと思います。

 「里山資本主義」なる言葉は、ちょっと変な言葉ですが、NHK
広島取材班井上恭介さんと藻谷さんが考えた造語だそうです。中国
山地のあちこちで始まっている、過疎や高齢化の対極をいく「元気
で陽気な田舎のおじさんたち」の挑戦を取材された井上さんと、
「日本経済が停滞している根本は『景気』ではなく『人口の波(生
産年齢人口=現役世代の数の増減)』にある」とおっしゃっている
藻谷さんの共同執筆によりこの本は作成されました。私的には若干
の異論はありますが、「おじさんたちの挑戦」と「人口の波」とい
う考えは納得です。

 井上さんは本の冒頭、「『経済の常識』に翻弄(ほんろう)され
ている人」を、「もっと稼がなきゃ、もっと高い評価を得なきゃと
猛烈に働いている。必然、帰って寝るだけの生活。ご飯を作ったり
している暇などない。だから全部外で買ってくる」人に例え、「実
はそれほど豊かな暮らしを送っていない」「もらっている給料は高
いかもしれない。でも、毎日モノを買う支出がボディーブローにな
り、手元にお金が残らない。だから彼はますますがんばる。がんばっ
た分だけ給料は上がるが、その分自分ですることがさらに減り、支
出が増えていく」と評しておられます。

 「猛烈社員として働いていた青年。実は会社も猛烈な競争にさら
されていた。ライバルは最近業績をのばす新興国の企業。(略)会
社は『労働コスト』を見直すことにした。彼は突然リストラされた」。
「失意の彼は、田舎に帰った。(略)給料は以前の10分の1」
「ところが(田舎の人々は)みんな、驚くほど豊かに暮らしている」。
 
 その後の彼について本から抜き書きすると、彼は畑で野菜作りを
始め、石油缶を改造した「エコストーブ」でおいしいご飯を炊き、
楽しく、人間らしい生活を送るようになり、「豊か」になったとい
うわけです。

 藻谷さんは、「里山資本主義」を次のように定義しています。
「『里山資本主義』とは、お金の循環がすべてを決するという前提
で構築された『マネー資本主義』の経済システムの横に、こっそり
と、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え
方だ」「水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全
のネットワークを、予(あらかじ)め用意しておこうという実践だ」。
ここで、藻谷さんは「勘違いしないでほしい」と断りながら、「江
戸時代以前の農村のような自給自足の暮らしに現代人の生活を戻せ、
という主義主張ではない」としています。

 ここで私の経験を話しますと、会社の社長時代、わが社の社員は
家では農業をやっている兼業農家の人が多かったので、幹部クラス
の社員は「どうもうちの社員は根性が足りない。いざ仕事がうまく
いかなければ、家に帰って農業をやればいいと考えている節がある」
と怒っていました。でも藻谷流に考えれば、それで良かったのでし
ょうし、社会に一種の余裕を与えていたのではないでしょうか。ち
ょっと話がそれますが、余裕という点では、夫婦共働きのダブルイ
ンカムは、イタリアでは当たり前と以前聞いたことがあります。

 また、藻谷さんは続けて、「ただし里山資本主義は、誰でもどこ
ででも十二分に実践できるわけではない。マネー資本主義の下では
条件不利とみなされてきた過疎地域にこそ、(略)より大きな可能
性がある」とおっしゃっているのです。

 こうした取り組みの具体例として、「NHKスペシャル
『2011ニッポンの生きる道』」の中で、岡山県真庭市でのペレ
ットボイラー、広島県庄原市でのエコストーブの普及活動の取り組
みが紹介されました。長野市でも若穂地区の保科温泉でペレットボ
イラーを使い始めています。燃料費は重油と比べてほぼ同等になっ
てきているのですが、ボイラー本体の価格がもう少し安いと普及す
るのに・・・。オーストリア製と聞きましたが、そんなに難しい構
造ではなさそうです。市内の会社にぜひ技術開発をしてもらい、ペ
レットボイラーを安く作ってほしいものです。

 また、大変興味深く思ったのが、真庭市の製材事業者が試作に取
り組んでいるコンクリート並みの強度を誇る木材です。繊維方向が
直角に交わるように互い違いに重ね合わせることにより飛躍的に強
度を上げた集成材(CLT)で、オーストリア、イタリアなどヨー
ロッパで普及しているそうです。
 日本においても、国土交通省の主導によりCLTパネルによる建
築物の耐震実証実験が行われており、来年の法改正・実用を目指し
ているそうです。これによる木造の高層建築が実現すると、長い間、
低迷が続いている林業界にとって起死回生の一手になるのではと期
待をしています。

 里山、いわゆる中山間地域の活性化に向け、長野市でもアイデア
を絞り、新規就農者支援事業、やまざとビジネス支援補助金事業と
いった取り組みを導入しています。新規就農者支援事業は国に先駆
けて行ったものですし、今年度からの新規事業となる、やまざとビ
ジネス支援補助金事業では、地域とは全く関係のないファッション
ブランドの企画、製造、販売事業が採択されるなど、私としては受
け身ではなく、新たな事業を積極的に仕掛けていると自負していま
す。ただ藻谷流の徹底した取り組みにはほど遠いのかなあと感じて
います。

 さらに国は、信じられないような取り組みを2009(平成21)
年度から始めています。「地域おこし協力隊」という事業なのです
が、東京、名古屋、大阪といった大都市圏から過疎化が著しい山村、
離島、半島などを含む地方に移り住む人(隊員)を募集し、地域力
の担い手となってもらおうというもので、隊員一人につき年間
400万円(報酬など200万円+活動費200万円)を上限に、
最長3年にわたって特別交付税として財政支援するという制度です。
言葉が悪くて申し訳ありませんが、なりふり構わないこうした「バ
ラマキ」とも言える手法を国がやるということは、それだけ国もこ
の問題解決に苦慮しており、本腰を入れ始めたのだなあと感じてい
ます。 

 この取り組みは恒久的なものではないため、受け入れ地区の「や
る気」が重要です。「地域おこしは自分たちの問題だ」という意識
を十分に持った上で、地域が隊員を温かく受け入れられるか、具体
的にどんな分野の仕事を担ってもらうのかを明確にできるかが大き
なポイントだと思っています。当然のことながら、国も市町村も3
年経ったら「さようなら」では困るわけで、国の財政支援のある間
に、就農、就業、起業が進み、その結果、願わくば定住や定着に結
び付くケースが少しでも多く実現できれば、地域の活力はさらに高
まるでしょう。とにかく人を増やすことが大事なのです。

 本の最後に、藻谷さんは今から50年後の2060年を、里山資
本主義が普及した「明るい未来」としています。なぜ50年かとい
うと、「黒船来航騒動直後の1855年に、1905年に日本がロ
シアに戦争で勝つことを誰が予想しただろうか。泥沼の戦争に深入
りしつつあった1940年に、誰が平和な経済大国としてバブルを
謳歌(おうか)する1990年の日本を想像できただろうか」と、
「50年という月日は時代が大きく変わるのに十分な時間だ」と
おっしゃっています。

 「里山資本主義」を「夢みたいな話」と感じられた方は多いと思
いますが、小さなことの積み重ねで本当に50年後の日本は変わっ
ているのではないかと予感させられる1冊でした。